そうねぇ、シャルルを追いかけて来たって言うのも、なんか恥ずかしいわよねぇ。
具体的な事を言うのはよそうかなぁ。

「シャルルに会って、話したい事があったから来たのよ。電話じゃ、ちょっと言いにくい
から。」

そうよ、ちゃんと会って、話すのよ。
電話なんかじゃ、あたしの気持ちは言えないわ。
そして、シャルルをびっくりさせて、抱きしめてもらって、二人はハッピーエンド。
ふっふっふっ。

「わざわざ、日本から？」

そう、わざわざ日本から来たのよ。
遠かったわよ。

「マリナさん、シャルルが目覚めるの、いつになるかわからないからホテルのほうで
待ったらどうですか？」

疲れているあたしを心配して言ってくれた。
そうねぇ、確かに疲れたから、休みたいんだけど、シャルルの側を離れたくもないし・・・
迷うけど、もう少しここで待ってみようかな。

「もう少し、ここで待ってみる。もしかしたら、すぐ目が覚めるかもしれないし。」

あたしが言うと、アンドリューは椅子から立ち上がりながら、

「うん、わかった。じゃぁ、何かあったら連絡してよね。」

さてと、シャルルが目覚めるまで、時間もあることだし、どういうふうに自分の気持ちを
言おうかを考えよっかな。

と、思ったのに、あたしったらいつの間にか、すやすやと寝てしまったのよ。

うっうっうっ、シャルルの事を考えていたはずなのにぃ・・・
きっと、疲れているところにもって、食事してお腹いっぱいになったからかもね。
固い椅子で寝たせいか、腰が痛いわ。

腰をさすりながら、窓の方に目をやると、もうすっかり外は真っ暗だった。

やば。
今、何時よぉ。

シャルル、もう目が覚めたかも。

急いで、病室に行ってドアを開けようとすると、中から話し声が聞こえた。

あら、誰かいるのかしら？

そう思って、ドアの隙間から覗くと、シャルルはベッドに上半身を起こして枕に
よりかかっていた。

その側に、見たことのない、大きな青い瞳がとても印象的な可愛い女の子がいた。

うーん誰だろ？

シャルルの友達かしら？

入っていきたかったんだけど、ちょっと入りにくい雰囲気だったので
どうしようかなと迷っていると、彼女の声がした。

「なんか嬉しそうね。いい事でもあったの？」

彼女の問いかけに、シャルルは瞳を甘くきらめかせた。

「夢を見たんだ。」

遠くを見つめて、

「素敵な夢をね。」

るん、きっとあたしのことを言ってるのよね。
夢じゃないのよシャルル。

「約束の売買契約書は持ってきたんだろうね。」

なんだろ、契約書って。

「もちろん、持ってきたわ。サイン入りよ。」

差し出す書類を受け取り、その契約書とやらに目をとおし、納得したかのように軽く
肯いてサイドテーブルに置いた。
そしてシャルルは片手をベッドについてゆっくり起き上がり、彼女の前に立ちはだかった。

「ここまで来たって事は、覚悟は出来ているって事だろうね。」

そう言って、魅惑的に微笑み、挑むように言った。

「じゃぁ、朝までかかって教えてやるよ。オレの体が無傷だってことを。」

言いながら、彼女の髪に触れた。

「君の体に教えてやる・・・」


ど、どーいう意味なのかしら？
と、疑問に思っていたら突然、シャルルは彼女のウエストをさらい覆い被さるように
キスをした。

え？
どうして？

くせのない髪が彼女の頬にかかり、顔を隠した。

はたから見ると、あでやかで絵になるぐらい、素敵な長い長いキスだった。

あたしは初めて見たのだ。

シャルルがあたし以外の人にキスするのを・・・

自分の目が信じられなくて。

信じられなくて、そこから目をはなす事が出来なくなってしまった。

そこには、あたしのことが好きだって言ってた、シャルルはもういなかった。

なぜかシャルルがすごく大人びてみえて、あたしの知ってるシャルルじゃないような
気がしてしまったのだ。

ああ、遅かったんだ。

シャルルはあたしと別れてから、もう、新しい恋をはじめていたんだ。

来るんじゃなかった。

あまりにも悲しすぎて、涙も出ず、あたしは呆然と立ち尽くしてしまった。

彼女は一度、シャルルから顔を少し背けて言った。

「ちょっと待って、シャルル・・・あたしはあなたのお見舞いに来ただけ・・・」

言葉を最後まで言わせず、シャルルはさっきよりも、もっと強く口づけた。

そして一度、唇を引き離し、徐々にシャルルの唇は彼女の首から、鎖骨へと移動して
いった。

やだ!!
やめて!!

体中の力が抜けて、持っていたバッグを落としてしまった。

静寂の中、音が鳴り響いたのと同時に、シャルルはすばやく彼女から身をおこした。

「誰だ？そこにいるのは。」

瞬間、シャルルはこっちに歩いてきて、ドアを開け放った。
そこには呆然と立ち尽くすあたしがいた。

「マリナ、・・・どうしてここに？」



透明な声がわずかに震えていた。

シャルルは目を見開き、息を呑んで、あたしをただただ見つめるだけだった。

瞳の中に動揺と不安が見え隠れしていて、まるで見られて欲しくなかったものを、
見られてしまったかのように・・・

あたしだって見たくなかったわよ。
あんたが他の人にキスするところなんて。

あたしたちは見つめあい、目でお互いの感情を読み取ろうとしていた。
お互いに黙っていると、奥から彼女の声が聞こえた。

「シャルル、どうしたの？」

その言葉でハッと我にかえり、あたしは慌てて言った。

「ご、ごめんね。お邪魔しちゃって、後でまた来る・・・」

それだけ言うのが、精いっぱいだった。

あたしはそこから逃げるように走って逃げた・・・つもりだった。

でも、すぐにシャルルに腕をつかまれた。

ふりかえると、すぐそばにシャルルの顔があり、白金の髪が少し乱れて、
ひとすじ唇にまとわりついた。

「マリナ、オレに話があって来たんだろ？ちょっと待ってて・・・」

シャルルはベッドのある部屋に、大きな歩幅で戻り彼女に言った。

「悪いが、今日は帰ってもらえないか？わざわざ日本からオレの友人が来てくれたからね。」

友達か・・・
彼女はちらりと不信感を抱いた目であたしを見た。

「友達？」

そう言って、あたしを穴のあくほどじっと見つめた。

「わかったわ、今日は帰る事にする。この続きを楽しみにしてるわ、シャルル。」

意味ありげに微笑して、音をたててドアを閉めて、去っていった。

シャルルは小さくため息をついて、近くにあったソファに座り、長い足をもてあますように、
くんだ。
そして、壊れ物でも見るように、あたしを見つめ口をひらいた。

そこには、さっきのシャルルではなく、あたしの知ってるシャルルだった。

「驚いたよ、まさか君がいるとは思わなかった。」

言いながら、シャルルは目を伏せ、せつなくなるような瞳で、真っ直ぐあたしを見た。

「マリナ、どうしてここに来た？」

どうしよう、なんて言えばいいんだろう。
だって、あんたを追いかけて来たなんて言えない。

シャルルはわずかに目を細めて。

「困った事でもあった？」

ああ、あんたはいつも、あたしのことを心配してくれるのね。

いつだってそうよ。

「和矢に何かあった？」

和矢とは別れたのよ。

って言いたかったけど、さっきのキスがどうしても引っかかっていた。

新しい恋をはじめてるシャルルに、どうしても自分の気持ちが言えなかった。

不安そうな顔をしているあたしが、シャルルのきれいなブルーグレーの瞳に映り、
とにかく何か答えなきゃって思って、明るく話した。
「なんかね、あんたと変な別れかたしちゃったじゃない。あの後、どうしてもあんたの
ことが気になっちゃって、もう一度会えないかなって思ってたのよ。このこと和矢に話したら、行ってこいって言ってくれて、アンドリューに連絡とってくれたの。それで来たのよ。」

ああ、あたしはうまく笑えているだろうか・・・

「ほんとに、それだけの理由？」

シャルルはあたしを信用してない目で言った。

「もちろんそうよ。でも・・・あたしが来るまででもなかったみたいね。撃たれたって聞いたから心配したけど、もうかなり良くなってきているみたいだし、それに・・・彼女もできたみたいだし、すごくきれいな人ね。」

シャルルは、繊細な長い指で、軽く髪をかきあげながら、少し眉をひそめた。

「彼女？ああ・・・クリームヒルトの事か。」

うつむきながら、彼女の名前を繰り返した。
クリームヒルトって言うんだ。

苦しかったけど、シャルルがやっと、他の人に心を開いて受け入れたんだから、
喜ばなきゃいけないのかもしれない。

あたしは自分の気持ちを落ち着かせ、真っ白な気持ちで言った。

「あんたに彼女が出来て良かったわ。今、こんな状態の時にあんたの心を少しでも和らげて、休める場所があんたには必要だもの。」

そう言うと、シャルルの瞳の中に、うっすらと影のようなものが浮かび上がった。
その影は彼の瞳を覆っていき、一面に広がると、しだいに消えていった。

そして、少し口を開いて何かを言いかけようとしたが、軽く首を横にふって、あたしから
視線をそらした。

そうして、黙り込んでしまった。

あれ、なんか変な事、言ったかしら？

シャルルはしばらく何かを考え込んでから、あたしに向き直って、
上品な瞳をきらめかせて、口を開いた。

「マリナ、心配しなくても大丈夫だよ・・・オレは何があってもここを切り抜いて行くから。自分の地位と名誉を取り戻す為に、多少の犠牲はやむを得ないと思っている。今、オレにとって、一番守らなければならないものだからね。そして、必ず当主に返り咲いて見せる。」

はっきりと意志のある目であたしを見て、そしてあでやかに微笑んだ。

その時、あたしは思ったのだ、シャルルにはもう、あたしは必要がないのかもしれないって。

もう、あたしの入る余地はないのかもしれない。
こんなにも自信に満ちたシャルルは、眩しすぎるほど美しかった。
きっと、シャルルの自信が、外見をよりいっそう輝かせているに違いない。

きれいな青灰色の瞳に吸い寄せられて、自分の気持ちを言いそうになった。

好きだって。
あんたを追いかけて来たって。

「シャルル・・・あたし・・・」

言いかけた、その時、ドアをノックする音がした。

くせのない髪をひとすじ唇にまとわせて、シャルルはドアのほうに顔を向けた。

うっ、危なかった。

い、いま、言いそうになっちゃったわよ。

ドアから顔をだしたのはアンドリューだった。

「マリナさん？ああ、シャルル、目が覚めたんだね。良かった。」

アンドリュー、あんた、いいところに来てくれたわ。
もう少しで告白するところだったわよ。

「マリナさん、夕食どうするのかなって思って来たんだ。だけど・・・」

アンドリューはあたしとシャルルの顔を交互に見た。

「ごめんね。話の邪魔したよね。また、後で来るよ。」

言いながら、くるりとドアのほうに背を向けた。

ひやぁー。
待ってちょうだい。

シャルルと今、二人っきりになったら、また口走っちゃいそうで、困るのよー。

あたしは椅子から、慌てて立ちながら叫んだ。

「待って、ご、ごはん食べたいわ。」

いきなり叫んだあたしの声に驚いてアンドリューは振り返った。

「お腹すいたのよ。話はまた、後にしましょ。いいでしょシャルル。」

そう言うと、シャルルはため息をついて、ソファの背もたれに、体を深く沈みこませた。

「わかった。君が一番大切なのはオレと話す事よりも食事だからね。たくさん食べるといいよ、マリナちゃん。」

皮肉たっぷりに言ったけど、そんなのにかまっている暇はないわ。

とにかく、いったんシャルルから離れて、少し気持ちを落ち着かせなきゃ。

「ご飯、食べたら、また来るね。」

急ぎ足でアンドリューと一緒に病室を後にした。

肩をならべて歩いていると、アンドリューは生き生きした顔で言った。

「ボク、シャルルのあんな顔はじめて見たよ。いつもは大人びて、一見、冷たそうな感じがするけど、マリナさんの前では、あんなやさしい顔をするんだなって思った。」

うーん、皮肉を言ってる姿のどこが、やさしそうなんだろう？

そうか。
あたしでも、皮肉だってわかるのに、アンドリューって、さっきのシャルルの言葉の
意味が理解できなかったのね。

きっとシャルルから嫌味とか言われた事ってないんだろうな。

その点、あたしは今まで、シャルルからしょっちゅう、嫌味を言われるわ、凍り付くような眼差しで見られるわ、冷ややかな声で馬鹿にされることがあるから、その辺に関してはまかせてほしいわ。

まぁ、今となっては、そんなシャルルも好きだったりするんだけど・・・

「アンドリュー、さっきのシャルルの言葉はね、ほんとにあたしにたくさん食べて欲しくて言ったんじゃないのよ。話が途中だったんで、気分を悪くして皮肉をいったのよ。」

そう言うと、アンドリューは、きょとんとした顔であたしを見た。

「うん。わかってるよ。そうじゃなくて、シャルルのマリナさんに対する感情が、穏やかだったってことだよ。」

うーん、穏やかな気持ちで、皮肉を言う。

わからないなぁ。

ま、そんなことより食事よ、食事。

珍しく、あたしにしては、食欲が全くといっていいほど、無かったんだけど、アンドリューに
変に思われるから、無理して食べるしかないわ。

そして、食べながら、自分の気持ちを落ち着かせよう。

シャルルに恋人が、出来てしまった事は仕方が無い・・・

そう、何度も言い聞かせながら、レストランの方に向かった。


とりあえず、アンドリューの手前、人並程度に胃袋に押し込んだけど、美味しそうな料理も、まったく味気なく感じた。

アンドリューと別れ、病室のドアの前で、大きく深呼吸をした。

よし、行くわよ。

気合を入れながら、ドアを開けると、シャルルはソファの肘掛けに軽く頬杖をつき、
体を少し斜めにして身をもたせながら、足を組んでいた。

目をとじて、何度か苦しそうに、眉根をよせ、呼吸をしていた。

さっき、普通にしてたから、大丈夫だと思っていたのに・・・

無理してたんだ。

ああ、シャルルは、いつもそうだ。

自分を窮地に追いやって、無理ばかりしている。

いつか、シャルルが壊れていきそうな気がして、たまらなかった。
少し、休ませてあげようと思って、部屋から出て行こうとした途端
背後で声がした。

「どこに、行くんだい？マリナちゃん。」

あら、起きちゃった。

振り向くと、ゆったりと微笑を浮かべて、こっちを見ていた。

さっきまでの苦しそうな表情はなく、いつものあでやかなシャルル

そう言うと、シャルルはきれいな頬を軽く歪めた。

「後にしたら、君の方が眠ってしまうぜ。それに、そっとしておくんだったら、
もう少し静かに歩かないとね。」

透明で、白い肌に、少し赤みが色づきあたしの顔を見た。

「さっきの話の続きをしようか。」

うーん、続きと言われても、何を話したらいいんだろ？

でも、あたしが日本に帰ったら、こうやってシャルルと話せる機会とかって、無くなっていくんだろうな。

もしかしたら、これが最後になるかもしれない。

思った事を言おう。

あんたが好きって言葉以外は・・・

あたしはシャルルの目をしっかり見て言った。

「シャルル、あんたは自分に厳しすぎるのよ、時には休んで欲しい。今だって、ほんとは苦しいのに、それを見せないようにしてるじゃない。　お願いだから、もっと自分を大事にしてちょうだい。無茶ばかりしてたら、あんたの体がもたないわ。
あんたに何かあったら、悲しむ人がいるってことを、わかってほしい。すくなくとも、あたしは悲しむわ。もちろん和矢も、それに彼女だって・・・
あたしが日本に帰った後、あんたにこの先、どんなことが起こるかわからないけど、もし、あんたの周りが敵だらけになって、精神的に追いつめられる事があっても、あんたの味方だからね。離れていてもずっとよ。
あたしはこれからも、あんたのいい友達よ。それだけは信じてね。
そして、幸せになって欲しい。あたしの言いたかった事はそれだけよ。」

シャルルの青灰色の瞳は静かに、思いをはせるように輝いていた。
そして、息を呑んでただただ、じっとあたしを見つめ続けていた。

一つ一つの言葉を心に刻むかのように・・・

ゆっくりと、まぶたを伏せ、そして次に目を開けた時には、いつもの物憂げで繊細な眼差しに戻っていた。

「ありがとう、マリナちゃん。君の言葉は忘れない、絶対にね。オレも君の幸せを祈ってる。必ず幸せになれ、いいね。」

幸せ・・・

あたしにとっての幸せとは、シャルルと育んでいくことだった。
だけど、それが実現できないと、わかった今、その言葉が辛かった。

一番、好きな人に、幸せになれって言われることが、こんなにも悲しいことだとは
知らなかった。

思わず

「幸せになれるのかなぁ。」

そう、何気なくポツリとつぶやいた。

瞬間、力強い手で、両方の肩をつかまれた。

「どうして？」

あたしから、そんな言葉がでるのを予測してなかったかのように、驚いた目であたしを
直視した。

あ、やば。

変なこと口走っちゃったかしら？

あたしはわざと明るく笑って、シャルルの手をほどいた。

「なんとなく、そう思っただけ。深い意味はないのよ。」

そんなあたしの答えかたに納得してない様子で、軽くにらんだ。

「やっぱり、和矢となにかあったんだね？そうだろマリナ。」

そう言って、じっと、あたしの心を探るかのように見つめた。

そんなふうに、見ないでよ。
少しでも、希望を抱いてしまう・・・

あたしはシャルルの瞳から、逃げるように顔をそむけた。

「なんか疲れちゃったみたい、この話の続きは、明日にしてほしい。」

言葉を濁らしながら言うと、しばらくお互いに黙り込んでしまった。

やがて、シャルルはあきらめたように息をついて、天井を仰いだ。

「わかった。明日、全部話すんだぜ。」

シャルルの病室を出て、アンドリューに教えてもらった、ホテルに急いで向かった。

途中、何度か、人にぶつかりそうになったけど、ただ猛然と歩いた。

もう、これ以上、ここにいるわけにはいかない。

明日、朝一番で、日本に帰ろう。

シャルルの側にいると、どうしても自分の気持ちが流れ出ていこうとする。
このままだと、いつかは言ってしまうかもしれない。

好きだって。

でも、あたしの気持ちを言ったら、きっとシャルルは困るだろう。

だって、好きな人がいるのだから。

もう、これ以上、嘘はつきたくない。

この思いは、ずっと一人で抱えていくしかないんだ。

その時、あたしは気づいたのだった。

あたしが和矢を好きだった頃、シャルルはこんな思いをしてたんだってことに。

いったい、どれだけシャルルを傷つけていたんだろうか？

自分が経験してみて、今までのシャルルの辛さが痛いほど、わかった。

あたしは歩きながら、声を殺して泣いた。

唇をかみしめ、何度も、手で涙をふいた。

戻りたかった。

シャルルが好きだと言ってくれた時に。

あたしに、震えながら、口づけた日に。

そして、一緒に夜をすごしたあの日に・・・

でも、もう時間は戻らない。

戻らないんだ。

後悔だけがあたしの心を、いっぱいにした。