あたしはあの時、和矢が本当に好きだって気づいてシャルルと別れた。

でもね、別れた後今度はシャルルのことが気になって仕方が無かった。あのあとシャルルはどうなったのか。
当主に戻れたんだろうか。あたしがいなくて大丈夫なのか。
和矢に聞けばいいんだろうけど、なんとなく聞けなかった。なぜか和矢の前ではシャルルって言葉を出してはいけないような気がしたのよ。和矢もシャルルのことは話さなかったし。
そんなもやもやした気分で毎日を過ごしていたんだけど、ある日和矢がいつもの人を見据えるような瞳で、聞いたのよ。

「マリナ、気になってるんだろ？」
（ああー時間だわ。また今度ね。）

和矢の問いかけにあたしは

「もちろん気になるわよ。さっきからなんにも食べてないじゃない。」

てっきり和矢はそのことを聞いているんだと思ってあたしは元気よく答えたら、和矢はすごくせつなそうに
笑って首を横に振った。

「違うよ、オレがいいたいのは・・・」

そこで言葉を止め、うつむいて黙ってしまった。
あら、違うのかしら？食べ物の事じゃないとすると、うーん、お風呂にはいってないのがばれたのかしら？
まさかねぇ。
あたしが考え込んでいると和矢はなにかをふっきったように話しはじめた。

「オレが言いたいのはね、マリナ・・・シャルルの事だよ。」
（またね。）

突然、シャルルの名前が出て来てびっくり。
なぜかドキドキして、あたしが動揺してるのを和矢に悟られまいと必死に話した。

「そ、そりゃぁ気になるわよ。だってあの後、全然連絡も無いし、あんただって話してくれないじゃない。」

和矢はあたしの心の中を見透かすかのようにまっすぐに見つめた。
そしてたまらないといった顔をして、あたしから視線をそらして言った。

「マリナ、シャルルのところに行っていいよ。」

へっ？な、なに言ってんの？

和矢がなんでこんな事を言うのか分からなかった。

「なんであたしがシャルルのところに行かなきゃならないのよ。あたしはね、あの時シャルルよりもあんたを選んだのよ。今更、行けるわけないじゃない。」

（おやすみなさい）

和矢はやるせなそうに微笑んで、

「オレはね、おまえが好きだよ。だから・・・わかるんだ。シャルルと別れてからずっとあいつのことを考えていたのもね。」

知ってたんだ、あたしがシャルルの事を気にかけてたの・・・
そしてあたしに追い討ちをかけるように言った。

「シャルルの事好きなんだろ？」

えっ？

何言ってるのよ。 あたしがシャルルを好き？

そんなことありえない、だってあたしはシャルルの事好きだけど、それは友達としてであって本当に好きなのは和矢、あんたなのよ。

だけど、知らないうちにあたしの頬を涙がつたわっていた。
なんで泣いてるんだろう。なんで？

和矢は泣いてるあたしを見てちょっと笑い、ポケットからハンカチを出して、あたしの涙をふいてくれた。

「オレのことが好きなら、どうして涙がでるんだ？」

「シャルルと別れてから、ずっとおまえの心はここに無かったよ。いつもオレを通り越してあいつを見てる。　確かにおまえはまだオレの事を好きなのかもしれない。だけど悔しいけど・・・オレ以上にシャルルの事が好きなはずだ。」

「マリナ、もう自分をごまかすのはよせ。おまえらしくないぜ。」

そう和矢に言われた途端、あたしの心の中がふっと急に軽くなったような気がした。
同時に自分の心の中が見えてきた。

ああ、あたしは気がつかない振りをしてたんだって。
本当は自分でも気がついていたのかもしれない、でも認めたくなくてそのことを考えるのを避けていたんだ。

和矢を好きって自分自身に言い聞かせてたんだ。

その時、前にシャルルがあたしに言った言葉を思い出した。

恋は理屈や理性でするものじゃないって、感情でするんだって。
その言葉が今になってやっとわかった。
あたしは自分で説明ができないほど、いつのまにか彼の事を好きになってたんだ。

シャルルをシャルルらしくいさせるのはあたしだって思いたい。

シャルルを守りたい。

シャルルを支えていきたい。

決して同情なんかではなく・・・

和矢はあたしの頭の上に手をポンとおいて、今にも消えてしまいそうに悲しげに笑った。

「やっとわかった？」

うなずいたと同時に和矢が心配だった。
すごく傷ついてるのがわかったから。

「たぶんオレたちは・・・あの時で終わってたんだな。」

つぶやくように言って空を仰いだその姿はとても痛々しかった。

「マリナ、オレのことは気にしなくていいから、シャルルのところに行けよ。今ならまだ間に合うから・・・」

小さく息をつき、あたしを斜めに見た。

「そして、シャルルと幸せになれ。」

ただあたしは泣くばかりだった。
どんな思いでその言葉を口に出したのか考えると・・・
和矢は壁から身をおこしジーパンのポケットから封筒を出してあたしに差し出した。

「ほら、オレからのプレゼントだ。」

開けてみると、プラハ行きの飛行機のチケットだった。