 |
消せない男 ４
そして今に至ります。あの湖の出来事から半年が過ぎました。あの方は毎晩のように私の部屋にやってくるのです。会うだけで済むはずがなく、あの写真をちらつかせながら私の身体を需めるのでした。
月の障りの時でさえ、需められるのです。
恥ずかしい写真を握られているというのもありますが、精神的に追いこまれている私にとって、抵抗する
気力など残っていないのです。
もともと丈夫ではない私の身体は、あまりのしつこさに耐えきれず、行為の途中で気を失うことも度々でした。
そんな日が続き、堪え兼ねて、レイチェルの部屋に避難したこともあります。
しかし、そう親密でもなく、個人主義の徹底したレイチェルは、私の訪問を快く思ってなく、すごすごと引き返すしかありませんでした。
もちろん、何度となく、レイチェルに相談しようと口を開きかけたこともあります。
でも、しゃべろうとすると、咽喉に何かが絡み付き声がでません。
犯されている…
その一言が言えないのです。
そして、死刑台に向かっている囚人ように重い足取りで、自分の部屋に戻ればあの方が待っているのでした。
恐ろしくて身もすくんでいる私を抱き上げ、いつものように犯します。
気がつけば朝が訪れていて、あの方はご自分の私邸に帰られます。その後姿をぼんやりと見つめながら、
出て行かれるのを待ちかね、バスルームに飛びこむのでした。汗と飛沫にまみれた身体を洗い清めるこの
時間が、一番安心できます。
少なくても、夜になるまでは犯されなくて済むから…
朝の食事の前に、世話をしてくれている人に気付かれないよう、ベッドまわりを整えます。
それが、何時の間にか私の日課になってしまいました。まだこれは耐えられます。
それよりも、学芸館で精神の授業を受けることのほうが、よりいっそう私の神経を細らせていくのです。
後ろめたくて、顔もまともに見ることができません。私が変わったことを察しているのか、ある日ヴィク
トール様はおっしゃいました。
「どうした？ 顔色がよくないようだが…何か具合でも悪いんじゃないのか？」
ろくに眠っていないのですから、顔色が悪いのは当たり前です。
「ええ、ちょっと睡眠不足なんです」
「頑張るのもいいが、息抜きも必要だぞ」
「はい…でもそう無理はしていないんですよ」
ペンを走らせながら、返事を返しました。もちろん目を合わせることはありません。今、この人の目を見て
しまえば、崩れてしまいそうだからです。
「お前…何か辛い思いをしてるんじゃないのか」
唐突に尋ねられて、字が思いっきり歪んでしまいました。もしかして、あのことを知っていらっしゃるかと、
恐ろしくなりました。
「どうしてですか？」
とにかく、とぼけようと思い決めました。
するとヴィクトール様は
「いや、最近お前はますます儚げになったような気がしてな。こんな風にいうのも変かもしれんが、お前が
天使のように思えて仕方ない。俺の前から消えてしまいそうなそんな感じがする。試験は辛くないか？
俺に出来る事があったら協力するぞ」
慈愛に満ちたやさしい眼差しで私をみていらっしゃいます。どうも、あの事には気付いてないみたいです。
知っていれば、こんな顔はできないでしょう。
「いえ、大丈夫です」
せっかく優しい言葉をかけてくださっているのに、このようにそっけない態度でしか返せません。いいえ、
意識的に出さないようにしているのです。これ以上、ヴィクトール様の優しさに触れていると、自分が背
負ってしまった苦しさを吐き出したくなります。
私のことを天使とおっしゃってくれてる人に、それだけは死んでもいえません。
「そうか、何かあったら言ってくれ」
無理に問いただそうとはせず、授業を続けてくださいました。ヴィクトール様の気持ちが嬉しい反面、
あの事をお知りになれば、どんな風に思われるだろうかと考えるだけで、目の前が黒くなります。
以前なら楽しくて仕方なかった授業も、今は地獄でした。
更に地獄は続きます。ヴィクトール様の授業を受けた日の夜は、執拗といっていいくらい、あの方は私を
責めるのです。
部屋に入るや否や、
「今日の授業はさぞかし楽しかったんだろうね」
意味ありげにおっしゃるのです。
こんなことになって何を愉しむというのでしょう。自分を繕うのに精一杯だというのに。
無視しておりましたら、私が聞き流しているのが不服そうだという顔をありありと浮かべて、ますます
いやらしく囁きかけ、
「毎晩、俺達がこんなことしてるって言った？」
と、答えに窮する言葉を投げかけて、ブラウスのボタンに手をかけられます。あの方は一気に私の服を
脱がしてしまうと、昨日の愛された名残を指でなぞるのです。
「今日も綺麗に咲いてるよね…。こんなに綺麗に咲いてるのに俺だけ独占してさ…ヴィクトールさんも
呼ぼうか？」
本当は呼ぶ気などないくせにと、言いたい言葉を飲みこみました。下手に口を開けば、あの方の意地悪な
言葉が返ってくるのがわかるから、私は黙るしかありません。
その場で私を押し倒し、あの方はご自分の纏っている服を手早く脱いでしまわれ、寄り添われました。
私の全てを探ろうと、あらゆる所を愛撫なさいます。でもそれは私にとって愛撫ではなく、ただの拷問に
しか思えないのでした。感じないから濡れもしないし、濡れないからますます愛撫と舌で感じさせようと
するのでしょう。
唾液で濡らされた部分が卑猥な音を立てて、部屋に響きます。脚の間に埋もれていたあの方は、身体を
起こして、力強い腕で私を引き寄せ、あぐらをかいた膝に乗せられると、中に楔を打ち込みました。
「誰にも…渡したくない」
痛みに身を捩りながら、そんな声を聞かされ、いやというほどあの方の味をのみほせられました。
犯されても、汚されたとは思わないようにしてきました。でも、ヴィクトール様が天使と呟かれた時から、
初めてこの身体に残っている毎晩の行為の痕が、暴力に屈して望みもしないのにあの方を受け入れる
この身体が、とても汚れてるように思えたのです。
意識が薄れていく中、ヴィクトール様がおっしゃった天使という言葉だけがグルグル頭を廻ります。
この地獄はいつまで続くのでしょう…。
|