真っ赤な女の子

−−聖殿の廊下。
はっきり言って、とっても広い。
天井も高くて、来たばかりの頃は、いつも気後れしていた。

（守護聖さまのどなたかに、ばったり会ったらどうしよう）
（靴音が響く〜。緊張するよ〜。）

　いつもこんな事ばっかり考えて、いつもビクビクしていたような
気がする。
−−そのうち、この広さにも、静けさにも慣れてきた。……守護聖
さまの執務室の扉を叩くのも、今ではそんなに時間はかからなくな
ったし。
　以前は、扉の前でぼーっと立っていたりもしたんだよね。−−扉
を叩く勇気がなくて。
……今から考えてみると、ちょっとバカみたいだなって思う。
　だって、私がそんなに緊張するほど、みなさまは私の事を気にし
ていたわけがないんだもの。−−自意識過剰、だったんだね。

……だけど。

　今、私はこの廊下で再び緊張している。……以前とは、全く違う
理由なんだけど。

　こつ、こつ。
−−私の靴の音が、響く。
……どうしよう。何だか緊張しちゃう。
　でも、そうよ。きっと意識しているのは私の方だけ。
　あの人は、……きっと何とも思ってないんだわ。
……きっと、……きっとまた……自意識過剰、なの。

　　　　　　　　　　　☆

−−はあ。
　困ったな。
……昨日の今日で、何だか照れくさい。
　いや。あれは、別に気にすることじゃないんだ。
　きっと彼女は気にしてない。……あんなことで、意識するほど、
俺の事を気にしているとは、思えないんだ。

−−思わず、手を伸ばした。
　自分でも、無意識の行動だったんだ。
　ふわり、と飛んで来た、たんぽぽの種が、栗色の髪に引っ掛かっ
て止まった。

　『アンジェリーク。ちょっと、待って』

　取ろうと思ったんだ。種がついてしまったから。
−−彼女は、驚いたような瞳をこっちに向けた。
　大きな瞳が、とってもきれいに光っていて。
−−つい、撫でてしまった。つやつや光った髪が、とても触り心地
が良かったから。

　『……あの…』

　気付くと、真っ赤な彼女の頬。
−−俺の方が恥ずかしくなってしまう程、頬を赤くして、……瞳を
うるませて。

　『あ……ゴメン。たんぽぽの、種がついてたんだ。……その、髪、
…きれいだね。』
　『え……？……あの。』

　お互い、黙りこんでしまった。
　我ながら、しまった、って思っているうちに、マルセルとメルが
通りかかって、事なきを得たんだ。

−−その後は、ロクに話をしなかった。……何となく、話しづらく
て。

（あああ。何で俺、あんなことしたんだろう。……アンジェリーク、
驚いてたよなあ。）

−−女の子の扱いなんて、慣れてもいないくせに。
…かなり、後悔した。

（今日、もしアンジェリークがここに来たら、俺、どんな顔して会
えばいいんだろうなあ。）

　　　　　　　　　　　　　☆

「アンジェリークっ！　どこへ行くの？」
「あ……マルセルさま……。」

……重い足取り。もたもたを歩いていたら、後ろから元気な明るい
声がした。−−いつも優しい、緑の守護聖さま。

「こっちは、ランディのお部屋の方だね。……そうだよね。今、ア
ルフォンシアは、風の力を必要としているもんね。」
「……あ、そう……ですよね。」
「？……どうかしたの？……アンジェ。」

（……どうかしたかと言われれば…まあ、どうもしないんだけど。）
　そうよ。どうもしないのよ。早く、ランディさまのところへ行か
なくちゃ。

「いえ。どうもしませんけど。」
「……ねえ？　アンジェ。…何か、ランディとあったの？」
「えっ？　どうしてですか？」
「……昨日、ぼくとメルに会った後、何となくふたりの様子が変だ
なって思ったから。…別になにもないならいいんだ。気にしないで
ね。」

　……そんなに？　マルセルさまが気付くほどに私、変な態度取っ
てたんだ。
　恥ずかしい。きっとランディさまも、私の事変な子だって、思っ
たわ。

「ねえ？　アンジェ。…もし、ランディのところに行きづらくて困
っているんだったら、ぼくも一緒に行ってあげるよ。」
「え！……いいんですか？」

　思わず、言ってしまって、ハッと気付いた。……これじゃあ、行
きづらいって、ハッキリ認めたことになっちゃうじゃないの……。
……でも、そんな私の慌てぶりを見て、マルセルさまはクスクスと
笑ってた。……私って、本当に大ボケ。

「……だいじょうぶだよ。…何があったの、なんてぼくは聞かない
から。……さあ、行こう！」

　はあ。……それでもやっぱりちょっと、緊張するなあ。

　　　　　　　　　　　　　☆

　コンコン
……空耳じゃないよな。
　ドンドン
……やっぱりそうだ。

「……あの。すみません。」
「あ……アンジェリー……ク、かい？」

……小さく扉を開けて、ドアの隙間から顔をちょこっと出している
彼女。……俺は緊張していたけれど……。

（可愛いなあ。）

大きな瞳が、ちょっとためらいがちに、俺の方を見ていて。
（……早くこっちにおいでよ。）
さっきまでの緊張が、うそのようにとけてきた。

「…ぼくもいるんだよ〜。……ごめんね。お邪魔だったかな。」
「ま……マルセル？」
……何だ。マルセルに連れられて来たのか。
（がっかり。）
いや、ダメだ。そんな顔しちゃ。

「もう、だいじょうぶだよね？　アンジェ。」
「……え？　マルセルさま、行ってしまうんですか？」
「……だって、ぼくは別にランディに用はないも〜ん。……じゃあ
ね。ランディ、アンジェ。」
「あっ！……マルセルさま！ま……って。」

（……はあ？……何だ、今の。）
何が起きたのか、訳がわからずに、俺が呆然としていると、アンジ
ェリークはこっちを向いて、ぺこりと頭を下げた。

「ごめんなさい。ランディさま。」
「……？え……？何が？……俺にはいったい、何が何だかわからな
いよ。」
「……その、昨日……。……私、何もごあいさつもなしに、寮に帰
ってしまって……。」

　おずおずと、顔をあげると、本当にすまなそうな目をしてる。
…俺の好みは、こんなタイプの子じゃなかったはずなんだけどなあ。

「いいんだよ。そんな事を俺が気にしてると思うかい？……俺の方
こそゴメン。昨日は、驚かせちゃったね。」
「……え？……いいえ。……そんなこと。」

……急に大きな瞳を見開いて、頬を赤くして慌てた仕草が、なんと
もいえずに楽しくて可愛いんだ。
　どうしてだかはまだ分からないけど、俺は彼女にどうやらハマっ
てしまった。……どうも、気付いてしまうと、照れちゃうけどな。

「でも、あの言葉は俺の本当の気持ちなんだ。……君の髪がきれい
だって、……本当に思ったんだ。」
「あ、あのっ！！……ランディさま。」

−−突然の大声に、俺は驚いた。
彼女の大きな声は、初めてかもしれない。

「ランディさまの、そのふわふわの柔らかそうな髪も、……ランデ
ィさまらしくて、……とても素敵だと思いますっ！」

−−いきなりこぶしを握り締めて、力説したんだ。

「ぷ。…………あっはっはっはっは……！……ありがとう、アンジ
ェリーク。俺、髪の毛なんかほめられたの、初めてだよ。……ぷぷ」

　普段、おとなしいのに、顔を赤くして、いきなり何を言うかと思
えば。……彼女って。……なんだか本当に真面目な子なんだなあ。

「ランディさまっ！……私は本当にそう思って……。」
「わ、わかったよ。……ありがとう。…じゃあ、これからゆっくり
お礼をさせてほしいから、また、公園にでも行こうか？」
「え……？で、でも私、風の力を……。」
「もちろん、それは忘れないよ。……いいだろ？」

　会うたびに、興味がわく。もっともっと、彼女のいろんなところ
を知りたいんだ。……そして、俺が一番今好きなのは。

「はい。……行きましょうか。」

……優しい、ひだまりのようなこの笑顔……。俺はきっと、この笑
顔にどんどん夢中になってしまうんだろうな。
　先の事は分からないけれど、……とにかく今は、この笑顔にひた
っていたい。

……俺の、大好きな、たんぽぽの花のような、アンジェリーク。




おしまい。

こめんと。

つまんなくてごめんなさい。
作者の提案。……これはランディになりきって、かわいいアンジェに
「むふふ」って気持ちになってほしいところなのです。
え？……うまくいきませんか？
後は春見さんに……パスッ！……（返品可です…………。）

とうもろこし（ユミ）さんより、私の誕生日プレゼントとしていただきました。
思う存分ムフフしちゃいましたよ。ええ、それはもう。コレットちゃん可愛いし。
後先も考えず、幸せなことだけを考えるというのは難しいな〜と思っていた最中ですので、
このお話にちょっと羨ましさを感じてしまいました。でも、幸せな
二人を見るのは好きなので、本当に嬉しかったです。ありがとうございました。