褪 色
| .......................... | クローゼットの奥から、キャミソールドレスを取り出したのは、あまりにも月が、あの夜のように冷たく美しく照り輝いていたせいかもしれません。 今まで捨てられずに持っておりましたこのドレスは、私の髪の色に映えるようにと、聖地に赴く前に両親が誂えてくれたのでした。 目にも鮮やかな黄色の絹の生地で、その当時の最先端の流行を模っておりました。 でも、手元に残しておいた理由はそれだけではありません。 「お前は月の女神のように美しい」 そう、クラヴィス様が言ってくれた時に着ていた、思い出のドレスだからです。 誰にも、ディアにさえ、、気付かれないように、心の一番最奥に沈めていたこの想いを、今夜こうして表に出すことをお許し下さい。 先代女王陛下……… 陛下が私に譲位して、聖地を去ったように、私達も明日、出て行かねばなりません。 今、私は陛下から引き継いだ宇宙を、次代の女王に無事に引き渡すことができて安堵してると同時に、一抹の……寂しさを感じてるのです。 そう、陛下もご存知だと思われます。私とクラヴィス様のことを…… あと僅かとなってしまいました。一緒にいられる時間も。 あの時、陛下から私を女王にと内示を受けた時には…………正直迷いました。陛下の意思は宇宙の意思と同様です。私を必要としてくださるというのが、ひしひしと伝わって参りました。しかし、私自身の感情として、クラヴィス様と共に生きていきたかったのです。クラヴィス様も私を必要だと言ってくれました。 永遠に繋がるような長い時間を、私は悩み抜きました。 そんな私に、陛下はそっと冠を外して素顔を曝されて、しみいるような微笑を見せてくださいましたね。その瞳の迷いのない清々しさに、私は引き込まれてしまったのです。 私はクラヴィス様が好きでした。 しかし、この生まれ育った宇宙が終焉を迎えようとしている現実と、陛下のご意向を無視して、 そう思ったからこそ、私は女王になる決意をしたのでした。 綻びが目立つ宇宙を導く務めは、想像以上の険しさでしたが、辛いと思ったことは一度もありません。ディアが献身的に私を支えてくれたのもありますが、クラヴィス様のお傍で光となったつもりで、女王としての務めに勤しみました。 しかし、時は確実に過ぎ去っていたのですね。 このドレスを久しぶりにクローゼットの奥から引き出しましたら、色が褪せていたのです。 「変わってしまったのね………何もかも、私の中ではいつまでも………いつまでも 現実が思っていた以上に厳しくて、つい、言葉を洩らしてしまいました。 私にとっては昨日のように思えるあの出来事も、そうではないと、このドレスが語りかけています。 陛下、私は、昼は身を粉にして宇宙の安定だけに心を砕きました。受け継いだ宇宙を守りたいと必死になって、自分の持ちうる力を全て注ぎきりました。完璧とまでは申せませんが、ある程度ご満足いただけると思います。 けれども、夜だけは違いました。就寝する時に、私はクラヴィス様の力と優しさを感じていました。私の疲れきった身体を労わるように、夜は私を包み込んでくれたのです。だから私は夜に心を寄せました。 そして、何度も何度も、あの夜のことを思い出し、反芻していたのです。 こんなにも、時が過ぎていたとは気付きませんでした。自分で自分を思い出の中に閉じ込めて 女王の正装を脱ぎ捨てると、私の身体は軽くなりました。軽くなった分だけ自由になったのだと、実感がこもりました。そして、あの時のように、ドレスを身に纏いました。 鏡に映った私は、明らかにやせ細っていました。顔のそばかすはなくなりましたが、肌の艶は こんな腕では…おそらく自分の体重も支えられず、木登りも出来そうにないでしょう。 陛下、私は陛下のように清々しく微笑んで、この聖地を立ち去ることができるでしょうか？ あまりにこの聖地には思い出が残りすぎて、私は未練に引き裂かれてしまうのです。 あなただけの傍にいたいと……あなたなしの時間は考えられないと…… ですが、何もかも時は変えてしまいました。大好きだった木登りも出来なくなるなんて、昔の あの時と、今は違うと、私はこのドレスによって思い知らされたのです。 流行から外れ、色褪せたこのドレスは、今着ると、どこかおかしいのです。 これだけ変わってしまった私ですもの。クラヴィス様だってきっと変わってしまってます。 「私は行けない」 と、言ってるのに、今更どんな顔をして、クラヴィス様の前に立てるでしょうか。 こんな風に申しますと、陛下を恨んでるように聞こえるでしょうが、誤解なさらないでください。 女王試験がなければ、私はクラヴィス様とは出会えませんでした。
ただ、理性では納得していても、割りきれない部分が残るのです。私は宇宙を導けても、 一方通行な時の流れの中で、私もクラヴィス様も一度は重なり合いましたが、二度とあの時に やがて私も時の流れに埋もれて、消えいくでしょう。 クラヴィス様とは違う時間を歩む運命を定められてしまいました。 陛下……私はこれから間近にクラヴィス様を感じられなくなるのが哀しくて仕方ないのです。 光の役目を終えた私は、ただの女に戻り、クラヴィス様とは何の関わりもなくなってしまうのですから… ならば、最後に私はこのドレスを纏い、一歩も抜け出ることのなかった宮殿を抜け出し、 クラヴィス様に抱かれるように、この身体を夜に曝して……… そして夜明けを迎えたなら、私は迷いなく陛下のように微笑んで、聖地を立ち去れるでしょう。
あんなにも冴えていた月の光も、雲に遮られ、辺りは闇が濃くなってきました。 これは陛下の計らいなのでしょうか？だとしたら、これ以上の嬉しいことはありません。 闇が濃くなればなるほどに、私はクラヴィス様を感じることができるのですから……… すべてを覆い尽くす闇に、私は染まります。 ………一つとなるために……… |
| ...................... | 春見 只今先代女王陛下大絶賛モード突入しております。やはり少女帝国のあの陛下を 見た後では、私は切なくて……泣けました。普通の女の子だったのに、運命が許してくれな かったのよね〜と、思わずにはいられません。 一度、私は自分の同人誌で、黄金の追憶を元に、クラヴィス様と陛下の話を書きましたが、 やはりあの陛下の時代の宇宙の女王ともなると、立場が重くて、言いたいことも言えなかったんだろうなと。しかも危機がすぐそこに迫ってきて、陛下は苦労されたと思います。 |