春の気配
僕は君を支えられるような大人になったかな………アンジェ。
もう子供じゃないけど、でも、大人じゃない……。
僕は中途半端な存在。
なのに、君は立派な女王として、皆を導いてるんだ。
出会いと別れを繰り返すたびに、君は強く綺麗になっていくんだね。
………君の姿を僕は追い求めて、そして切なくなるんだ。
もう、君は女王試験のことなんて忘れてしまったかな。
僕ははっきりと覚えているよ。
初めて君と出会った時の、あの時を。
陛下と補佐官のロザリア、それに守護聖の皆に、教官たちが勢ぞろいしてる謁見の間に
君は緊張した面持ちで入ってきたね。
弱々しく、自信がないといった表情をして。
これでやって行けるんだろうか？ なんて、僕は思っていたんだ。
同じ候補のレイチェルが活発だったから、余計に君の自信のなさが、目に付いてしまって。
だけど、これは僕の勝手な思いこみだったんだ
一番最初に君の資質に気付いたのは、僕の執務室に生えている植物達。
僕は緑の守護聖だから、普通の人よりかは、植物の囁きに敏感になる。
知ってた？
初めて君が僕の執務室に来てくれた時、変化は起こったんだよ。
いつもは小さな声で密かに唄ってるんだ。植物達は。
だけど、君が僕の執務室に入ってきた瞬間。
一斉に、ミュージカルを演じているように、大合唱で唄い出したんだよ。
薔薇も、観葉植物も、そして、木々さえも。
普段はもの静かな植物たちなのに、ここぞとばかりに……。
こんな風に植物達が唄い出すのは、君以外の他にあと一人しかいない。
誰だと思う？
今の陛下だよ。
だから、僕はとても驚いたんだ。
だって、もう植物達は君を女王として認めてるんだもん。
「マルセル様 育成をお願いします」
そう言って、君ははにかんだ微笑みを、僕に向けてくれたよね。
それが、とても透明で、光よりも眩しく、僕は思わず目を細めてしまったんだ。
それからかな？君を意識し始めたのは。
君と接しているうちに、君の優しさがとても心地よくって、つい僕は安心してしまうんだ。
あまりにも温かいものだから。
聖地中の皆が君を好きで、植物達も、動物達も、すべてお陽様に向かって生える植物みたいに
君を賛美して………
そして、君は新宇宙の女王になった。
僕は言えない痛みを感じて、ただ黙って見送った。
今まで、いろんな事があったよね。
僕たちの宇宙が皇帝に攻め入られて、陥落しそうになった時、君は取るものもとりあえず、
掛けつけて、捕らえられていた僕を助けてくれた。
一応、僕だって守護聖だもん。
何とか脱出しようとしてたんだよ。
でも、君の姿が見えて……幻でも何でも無くて……
鈴よりも響く声で、君は言った。
「マルセル様……ご無事で何よりです」
まさか会えると思ってなかったから、僕は驚いたんだ。
そして、胸一杯の僕の手に、君はそっと手を添えた。
綺麗だとしか言えない指先から、温かさが伝わる。
「よかった…本当によかった……」
君の、その心の底から出してくれた声が、僕の琴線を震わせて………
僕の心は、僕自身の思惑とは別に唄い出した。
愛の歌を。
だけども、旅はとても厳しくて。
それでも、女王である君は以前と変わりなく優しくて、そして、先が見えなかったから
貴重な夜の休みなのに、君を呼び出した。
不安を取り除けない僕は、つい、口走ったんだ。
「僕の支えになって………アンジェ。でないと、僕どうにかなりそうだよ」
黙って君は聞いていたけれど、やがて一言
「…大丈夫ですよ。だって、マルセル様。希望はあります。アリオスだって助けてくれるし、
それに皆さんがいらっしゃるんですもの。皇帝なんかに負けるはずがないでしょう？」
あまりにあっけらかんとして答えるものだから、僕は真剣に
「宇宙を救えるよね？」
と、尋ねたら、
「はい」
と、言って君は笑った。
星灯りの僅かな光の下でも、それでも輝く君。
一気に胸の中のモヤモヤした霧が晴れた。
「ありがとう、アンジェリーク」
でも、それは嵐の前の静けさで……
先行きが分からないまま、僕は絶望を知らされる。
白銀の環の惑星での出来事。
今まで仲間だと思っていたアリオスが、実は僕たちの宇宙を侵略する皇帝だったと、
現実を突きつけられて。
「アリオスが皇帝だなんて………」
咽喉から搾りだしたような、アンジェの悲痛な叫び。
いつも穏やかに微笑んでいるアンジェとは、まったく違う、引きつり歪んだその顔を………
僕は忘れられない。
取り乱したアンジェに、植物たちも一斉に反応して。
見る見るうちに、萎み枯れそうな勢いで………草がしおれて。
僕は気付く。
アンジェがアリオスに対して、特別な感情を持っていたことに。
決して僕には見せなかった感情を露にして。
もうその時点で、僕は君の心の外。
哀しみで押し潰された君は、ただ俯く。
とても、見ていられなくて、どうにかしてこの重苦しい空気を取り除きたくて、
「アンジェリーク…気持ちはわかるけど、落ち着いて、ね？ とにかく今日は眠ったほうがいい
…お部屋まで送るね」
黙ったまま、僕らはテントまで歩いた。
歩きながら、視線をアンジェに注ぎ続ける。
アンジェは、何を考えてるのだろう？
ぴくりとも動かない表情の下に何が隠れてるのだろう？
アリオスが憎い？
それでもまだ愛してる？
恋は、どこまでも僕を臆病にさせる。
君はいつも笑っていて欲しい。それは真実。
だけども、その笑顔は僕にだけ向けて欲しい。
これは僕のエゴ。
攻めぎあう二つの感情をもてあましながら、夜の闇に溶けこみそうになるアンジェを僕は見るだけ。
どうすれば、アンジェは笑ってくれる？
辛い旅を乗り越えられる？
「あのね…ちょっとだけ…話がしたいんだけど…いい？」
覚悟を決めなくちゃ…
「はい……」
例え…君が僕を好きじゃなくても。
「ごめんね、疲れているのに。でもこれだけは言っておかなくちゃと思って。アンジェリークは自分を
裏切った皇帝…ううん、アリオスが憎い？」
「えっ」
意外だと、言わんがばかりの君の見開いた瞳。
こんな時でさえ、魅入られてしまう。
僕は君が好きだから…だから、言う。
「僕、こんな悲しい結末になっちゃったけど、アリオスのことどうしても嫌いになれないんだ。だって
アリオスの瞳は時々淋しそうな色をしていたから…。…彼はきっと、心に傷を負ってる人なんだと
思う。こうなったのにも、何か理由があるはずだよ。その傷、どうにか癒してあげられないかな。
そうすれば……何かが変わると思うんだ」
これは、嘘。
先のことなんて僕にはわからないよ。だけど、こういえば、きっと君は喜んでくれる。
「マルセルさま……」
その時の君の表情を…僕はとても見ていられなかった。
君の目線は僕を通り越して、遥かなアリオスを追いかけていたんだもの。
だけども、これでアンジェが元気でいられるのなら。
その微笑が僕に向けられなくても、笑ってくれるのなら……
僕は喜んで君の支えになりたい。
どんなに辛い旅でも、終りはある。
旧き城跡の惑星に、降り立ち、最後の決戦に備えて、皆準備を各自でしていた。
そんな中、アンジェリークはそっと仲間達の輪を抜け出して、外に出てしまった。
僕は追いかける。
アンジェリークは只一人、夜空を仰ぎ見ていた。
夜空の星が一斉に降り注ぐように輝き、仄かにアンジェリークの顔を照らす。
不安げに、ただ立ちすくんでいるその姿が消え入りそうに、儚げで……
どうしようもなくて、声をかけた。
消えないで…消えていこうとしないで。
「どうしたの？ 何だか元気がないみたい。明日の闘いが怖い？」
アリオスになんか、渡さない。僕のアンジェリークを。
「……………」
「そうだよね、相手は皇帝だもん。不安にならないはずがないよね。僕も明日の闘いは怖いよ……
ううん、今だけじゃない、闘いはいつだって怖かった。目の前に敵がいると足がすくんじゃうことも
何度もあった。だけど、そんな時でも闘えたのは、どうしてだと思う？」
そう、絶対に渡すもんか。
先が見えない辛さが、どんなにも心を苛むか。
そして、君という希望がどれほど僕に力を与えたか。
君は知らない……だけど、僕は誰よりも知っている。
「君がいたからなんだよ。君が闘っている姿を見ると、勇気が湧いてくるんだ。アンジェリークだって
頑張ってるんだもん。男の僕も負けていられない………だから、明日の闘いは怖いけど、僕は闘える
うん、絶対に大丈夫…」
この闘いで、アンジェリークの綺麗な手は、傷つき荒れていた。
でも、僕が君に助け出されたあの時よりも、その手はますます愛しく、僕の瞳に映る。
どんなに傷ついていても、僕が守る。
これは僕の決意なんだよ。
「ねえ、アンジェリーク。右手を貸して、そして目を閉じて」
アリオスが君を連れ去らないように。僕の前から消えないように、気休めのまじないを施すんだ。
君の為に。
僕の為に。
「今まで僕の支えになってくれた君に、今度は僕が勇気をあげる。僕の勇気が君の不安を取りのぞき
ますように。明日、全力を出して闘えますように。皇帝に勝って、宇宙に平和を取り戻せる、そう信じる
ことが、君の勇気につながりますように……」
僕の手のひらは汗ばんで、だけども、汗が滲んでも手を離せない。
「…はい、終わり。明日の闘いが怖くなくなるおまじない。僕が作ったまじないだけど、これで
少しでも君の不安がなくなればいいな」
いつだって弱かった僕だけど、きっと頑張れる。
今はアンジェリークと繋がってる実感が持ててるもの……
蝋燭の灯火だけで彩られた皇帝の間は、すべての生物が死に絶えてるような静けさに満ちていた。
皇帝を守る騎士団との死闘で、僕たちはようやくここまで辿りついた。けれど、厳し過ぎる闘いの
証拠として、誰も皆全身返り血を浴びていたり、泥だらけだったりと、ボロボロな状態で緊張の糸は
張り詰めるばかりだ。
「ようやくここへ辿り着いたか」
静寂を打ち破る声がして、その直後、アンジェの身体がビクッと震えた。
見上げるほど高い階段の最上階に、玉座に座してるアリオスがアンジェリークを射るように眼差しを
向けていた。
その眼差しを受けて、アンジェリークはアリオスの下へと歩む。
「ここへ来るまでにどれ程我の夢を見た？ 幾度我を憎んだ？ 早く上がって来い。アンジェリーク
もっと近くでお前の瞳が見たい。憎しみに燃える瞳の色を見せてくれ。我はどこへも逃げぬ」
アンジェリークは皇帝の言うように、憎しみの炎で赤く染まっているのだろうか。
窺い知れない差し迫る空気に、仲間の誰一人として動けず、ただ階段を上るアンジェリークを
見上げるだけだ。
「……アリオス」
アンジェリークの口から洩れたのは、皇帝というべき憎むべき相手ではなく、恋する相手の名。
「待って！！」
僕は駆け出し、後ろからアンジェリークの手を握り締める。
アリオスと遠くへ立ち去りそうな予感が増すばかり。その手から伝わる熱が、今にも炎になりそうで。
「アリオスを憎しみで焦がしてしまうの？」
沈黙を守るその後姿が、アリオスに対する感情の答えだと、僕は一瞬で悟る。
言葉で表せない感情で、アンジェリークはアリオスだけしか目に入ってないのだから
「消えないで、お願いアンジェリーク 僕を置いて行かないで」
僕はアンジェリークに縋りついた。
その熱で、女王という立場も、そしてアリオスの過去までも燃やしてしまう。
予感ばかりが……増大して……
「灰になろうとしないで…」
「マルセル様」
僕の腕から擦り抜けて、アンジェリークは振り向いた。
その瞳は憎しみで赤く染まってはなく、ただ透き通るばかりの澄みきった碧色。
僕はもう、引きとめなかった。
「よい顔になったな、アンジェリーク」
それが僕の耳に届いたアリオスの最後の言葉。
二人がどんな会話を交わしたのか、僕はもうわからない。
抱き合うほど接近した二人だったけれど、結局アリオスはアンジェリークとの闘いを選び
そして自らの命を絶った。
どんな厳しい冬だっていつかは春の日がやってくる。
今はアリオスを失った哀しみで、アンジェリークは灰になってしまっている。
だけども僕は知っている。
灰は再生だと。
幸いにも時間だけは僕にたっぷりと与えられてるもの。
だから僕は哀しまない。
アンジェリーク、いつか君の微笑が見られるよう、僕は頑張るから………
早く君を支えられる男になりたい。
ちささん 非常にお待たせしました キリ番をせっかく取っていただいたのにラブラブじゃなくって(^^ゞ
言い訳になりますけれど、でも、時間だけはたっぷりありますから、マルセル君にもチャンスは
ありますよ そして恋を知って痛みに傷ついたアンジェリークを包み込むマルセル君になってもらいたい
という私の切なる願いで、出来たお話しであります。
ですが、トロワをプレイしていて思ったのですが、マルセル君 大人になりましたよ（真顔）
こういう子は物凄く私の好みであります。好きな女の為だけに成長する男ってのは燃えますね(笑)