紫の記憶（Present for you.Var,Clavis）
《リン・ローン》
「あら、誰かしら？こんな夜中に。」
不審に思いながらも部屋の扉を開けると、そこには漆黒の貴公子がいた。
「こんばんは、クラヴィス様。」
「ああ。今夜は、お前を誘いに来たが…大丈夫か？」
確かに、出かける時間としては遅すぎる。時計の針はあとしばらくもすれば
日付が変更されるのだ。
アンジェリークは少し首を傾げて考えた後、にっこりと微笑んだ。
「はい、大丈夫です。クラヴィス様。」
「では、出掛けよう。」
聖地ほどではないにせよ、飛空都市でもかなりの広さがある。
今夜のクラヴィスとアンジェリークは、いつもの公園へのコースを歩いてはいなかった。
「クラヴィス様…この道って…」
不安にかられたアンジェリークがたまらず、声をかけた。
「心配するな。私の私邸の庭で見せたいものがあるのだ。」
クラヴィスの言葉に、好奇心旺盛なアンジェリークの瞳が輝く。
「見せたいものって何ですか？クラヴィス様。」
無邪気に聞いてくる少女の様子に、クラヴィスの双眸に柔らかい光が灯った。
「そう、急かすな。もうすぐ、私の私邸につく。」
「はーい。」
しばらく歩くと、存在感のある重厚な建物が目の前に見えてきた。
重厚さを感じさせる建物の質感が夜の闇の中でより際立って見える。
「クラヴィス様。あの建物…」
「ふっ、あれが私の私邸だ。」
「あのお屋敷が…すごい…」
あまりの重厚さに呆気にとられてしまうアンジェリーク
「仮住まいとはいえなかなかのものだぞ。さ、こちらへ、裏口から入る。」
「は、はいっ！」
建物に気を取られていたアンジェリークは、慌ててクラヴィスの後を追っていった。
比較的細い道を抜けた先には、すっきりと開けた空間があった。
「ここが、私の庭だ。」
「わぁ…綺麗ですね…」
「気に入ったか？」
「はいっ！こんな綺麗なお庭見せていただけるなんて…嬉しいです。」
アンジェリークはうっとりと見惚れながら、答える。
「そうか…だが、見せたいのは庭だけではない。」
クラヴィスは、庭の一角にゆったりと歩を進めた。少し歩いたところに薔薇が集まって
咲いている。
「これを、お前に見せたかったのだ…」
闇の中では真紅の薔薇は暗いだけだが、星明りにひときわ美しく浮かび上がる一株の紫の薔薇があった。
後から小走りに追いついたアンジェリークを迎え、薔薇が良く見えるように背中を支える。
「っ･･･！」
自然が作り出す芸術。薔薇自身が放つ力強い美しさを何も語らない闇が引き出しているのを見た
アンジェリークは、心が揺さぶられるほどの何かを感じていた。
「…どうした…」
「…クラヴィス様…」
少女の目から一粒の涙がこぼれている。
「…すまぬ…」
自分が何か悪いことをしてしまったのかと思い、謝罪の言葉を伝えたクラヴィスであったが、
「いいえ…とっても綺麗で…感動しちゃいました…」
そう。あまりの美しさに感動して、瞳が潤んでしまったのだ。
「そうか…」
明らかにほっとした表情を見せている青年に、
エメラルドの瞳に涙をためながら、アンジェリークはクラヴィスに向き直った。
「クラヴィス様。こんなに美しいものを見せていただいて…本当にありがとうございます。」
ぺこん、と腰を曲げて言葉を紡ぐ少女。クラヴィスは、そんなアンジェリークの肩を抱き寄せた。
「よかった…。いや…礼を言うのはむしろ、私の方だ。
今まで、花を見ていても何も感じなかった私だ。しかし、お前がこの飛空都市にきてからやっと
人間らしい感情を取り戻せた。
この薔薇を見つけた時は、真っ先にお前に見せたかった。私にとっての運命とも思えるお前に…」
アンジェリークの金色の髪を腕に感じながら、クラヴィスは、アンジェリークの顎に手をかけた。
いつもは口数が少ないクラヴィスの発言に、アンジェリークは頬を染めた。
「クラヴィスさま…私…この薔薇を見に来てもいいですか？」
「ふっ、薔薇を見に来るのか？私は、この薔薇をいつでもお前と共に見ていきたいと思っているのだが？」
「えっ、クラヴィス様っ…それって…」
クラヴィスの静かな微笑が近づいてくる。少女の間近で止まった青年のアメジストの瞳が
アンジェリークを映し出していた。
「私は…始めてあたった春風…もう、アンジェリークしか欲しくない。
お前を守るためなら、私は魔王にもなろう…愛している。アンジェリーク…
…頼む、お前の本当の気持ちを聞かせてくれ…」
いつもの硬い表情の青年はそこにはいない。いるのは、ただ純粋に答えを求めている縋るような目を
した‘クラヴィス‘ただ一人。
「クラヴィス様…私、私は…」
青年がこんなに感情を見せるのは始めて見たアンジェリーク。一瞬、とまどったが自分が本当に求めている
人を彼に知らせた。
「私が…一番望んでいるのは…クラヴィス様…貴方です。」
「本当に…いいのか？」
「貴方でなくては、いやです。」
クラヴィスの腕の中で、アンジェリークは誓いを立てるように言葉を紡ぐ。
「…アンジェリーク…」
間近に迫った秀麗な顔がアンジェリークに限りなく近づき、最後にはチェリーの唇を捕らえる。
熱い唇が少女の愛らしい唇を包み込む。その想いを伝えるかのように優しく、甘かった。
「ん、ふぅ…」
唇をやっと開放された少女は、少し息を荒げている。
「思ったとおりだ…アンジェリーク。」
クラヴィスの手は、名残惜しげにアンジェリークの唇をなぞっていく。
その、わずかな刺激でも少女の身体から力が抜けていった。
「ク・ラヴィス…」
力の入らない身体でも、懸命にクラヴィスの呼びかけに答えようとするアンジェリークが愛しい。
「今夜は…返さぬぞ…いいな…」
「…は･･い…」
その夜、一人の少女が神聖なる女王候補から唯の女性になった。
その女王候補が試験を辞退するのを惜しむ声が聖地のそこかしこから聞こえてきたが、
何人も元・女王候補の意思を変えることは不可能だったのである。
それまで強い思いが二人を結びつけているのだ。それを証明するかのようにアンジェリークは、
愛しい人の手で女性になった日から、アメジストのペンダントを身に付けるようになっていた。
そのペンダントヘッドの形は、始まりの夜、クラヴィスと見た薔薇を模ったものである。
〜Fin
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後書き
‘薔薇‘テーマ・クラヴィス様編です☆
クラ×リモで書いてみましたが如何でしたでしょうか？
あくまで、‘テーマ‘物ですので…《掌のキスは？》とは別口で考えて
頂ければありがたいな〜〜（大汗）思っておりますですＡ^^>
しかし、後半。書いていて恥ずかしかったです（///）
いえいえ春明さん、春見はとても嬉しかったですよ。何せラブラブなクラ×アンなんですもの。 闇に浮かぶ
紫のバラ…う〜んウットリしちゃうわ。そして「今夜は…返さぬぞ…いいな」には妄想の類がムラムラと（笑）
いや、あのクラヴィス様にこんなこと言われると、この世にもう未練などないですね。何時死んでもいいです。
あああああ〜〜〜〜（絶叫）