くちなわ

ここまで来るのに、どれほどの時を費やしただろうか…

「俺はお前を掴みそこねているのかもしれん」

花が咲き乱れ、天国とはこういうところだろうと容易に思わせる、アルカディアの約束の木の下で
俺は何よりも愛しい少女を、後ろから抱きしめた。

「どうしてそう思われるのです？　ヴィクトール様」

小さな声で呟くその声を逃したくなくて、さらに強くかき抱き、触れれば折れてしまいかねないほどの
華奢な身体に覆い被さった。

「また、お前と離れるような気がしてな…今までが今までだったからな……」

どれほど予防線をはっていても、平和など完全に崩れてしまう。

またどこかの宇宙から侵略者が攻めてくるかもしれないし、安定している宇宙の均衡も、天災という
形で襲ってくるかもしれない。

先のことなんて、誰にも予測できない。

だから、この少女が愛しくてならない。

誰よりも……何よりも……

幾つもの責を負う女王としての立場が、どれほどこの少女に苦労を強いたことだろうか？

なのに、この小さな身体は何も語らない。

一瞬、風が吹き、少女の髪が俺の頬に触れた。

「ヴィクトール様…どうして私が髪を伸ばし続けてるのかご存知ですか？」

少女はそう言うと、向き直り、俺の目を真っ直ぐに見つめた。

「いや、知らない」

初対面の時は肩までだった少女の髪も、今では背の半ばまで伸びていて、艶やかにそれでいて
なまめかしかった。

「この髪の毛一筋一筋が、ヴィクトール様を求めてるから…」

「！！」

「ヴィクトール様……初めて私の頭を撫でてくださった時のことを憶えてらっしゃいます？　憶えては
いらっしゃらないでしょう。だけど、私はその時から、ずっと…ずっと…抱えていたのです」

少女の潤む瞳が、俺を捉える。

言葉が出てこない。

「ヴィクトール様　好きです。この髪であなたを縛りたいほど」

その小さな身体のどこにこんな激情を秘めているのだろう。

俺はたまらなくなる。

栗色の髪を撫でれば、その柔らかでそれでいて冷ややかな感触が、電流のように軽い戦慄をもたらす。

「アンジェリーク　俺はその言葉どおりに受け取ってもいいのか？　俺は迷ってしまう……」

「信じては下さらないのですか？　あなたの手のひらが私を、いいえ、私の心を蛇のように、のたうたせた
というのに……」

俺の首に、栗色の髪を巻きつけて、少女は言う。

「もう…離さないでいてください…」

「お前が望むなら…いや、望まなくても俺はお前の傍を離れない。離れられない」

抑えがたかった想いが、吹き出した。

うねる栗色の髪が蛇のように巻きつき、俺を息苦しくさせていく。

その髪の冷ややかさ、柔らかさに永遠に埋もれていたいと、切実に願った。

乱れ咲く花の下で。

お待たせしました〜　ａｓｋさん　　ヴィク×アン髪を撫でるというシチュエーションで、春見的味付け
してます〜♪　って、何だかニセモノ臭いですが、もういつものことですから、勘弁してください〜
くちなわとは蛇のことですが、やはりですね、恋というのは、蛇に変身しちゃうぐらいの
強さがあると思うのですよ。コレットちゃんはだからこそ、あれだけの変遷に耐えられたのでは？と
私が勝手に思って作った話です〜　　ちょいと耽美も目指したのですが、なかなか難しいものですね。