試験前の二人ごと

第２５６代女王選抜試験の前夜。
ルヴァの執務室には、美しい桃色の客があった。

地の守護聖の帰宅は、いつも遅い。
知的好奇心旺盛な彼は、いつもの執務が終わった後必ずといってもいいほど
新しく手に入れた本の項を繰るのだ。
今日も、読みかけている本があったので、続きを読んでいた最中に
補佐官の正装を身に纏った、桃色の髪の麗人の訪問を受けたのである。
客人を迎えたルヴァは、手元の本に栞を挟むと、いそいそとお茶を用意したのであった。

「…とうとう明日からは、女王試験ですね〜」

のんびりと、感慨深げに言葉を紡ぐルヴァ。
青年の口調に、少しだけ顔を綻ばせたディアは恥ずかしそうに答えた。

「ええ…ルヴァ。
　お恥ずかしい話しなのですけど…この女王交代…
　二人に合って、聖地に案内して来て、初めて実感できました。」

「はは…実は私も、そうなんですよ〜。
　最近の天候不順を見てきて、何となく予感はしていたんですがね〜。
　実感となると、謁見の間でロザリアとアンジェリークを見た時です〜。」

「ルヴァらしいですね。」

ディアは、目の前の青年の様子にくすくすと忍び笑いを漏らしながら言葉を紡いだ。
ふと、窓に目を向けると
すでに暗くなって、星明かりも満足に見えない夜空が、二人の目に入ってきた。
飲みかけの紅茶をテーブルに戻すと、音もなく立ち上がる。
そのまま、窓辺に寄った補佐官は、目の前の光景を憂いが篭った瞳で見つめた。

「本当に、暗い空…
　この宇宙を救えるのは、あの子達だけなのですね…
　私たちに残された使命は…この宇宙をあの子達に無事、託すだけになりました…」

小さな溜息と共に紡がれる声。
細く力無く発せられた声には、任務の終わりに近づいていると感じている者
だけが感じる寂しさを滲ませていた。

「ディア…」

声は、その人の人柄や日々の状態を表す…
ルヴァは、気遣いながら彼女の声をかけた。
ディアは、ルヴァの言葉に応えるように、一瞬後少し声に張りを持たせて言葉を続ける。

「ルヴァ…貴方にはもう少し、お世話になります。」

彼女の様子から、から元気だと認めたルヴァは、
自分も椅子から立ち上がり、ディアの隣に立った。

「そんな…遠慮しないで下さい。ディア。
　私はいつでもあなた方の事を思って動いているんです。
　私達が選んだ二人の為ですからね。最善を尽くしているつもりですよ。」

「ありがとう、ルヴァ…」

男女の理を越えた親友からの言葉。
彼からの誠意を体中で感じたディアは、
花が綻ぶ様な笑顔をルヴァに向けながら青年に感謝した。

「ディア」

「はい？」

少し改まった口調で、声をかけてくる青年に、彼女は微笑みながら返事する。

「気分転換したい時には、いつでも私に言って下さいね。
　聞くだけしか出来ませんけど…言わないでいるよりは良いと思いますから…」

「ええ…その時になったら、真っ先に相談します。」

女王候補の相談役の相手になっても良いと言ってくれた青年の気持ち
が嬉しかったディアは、迷わずその申し出を受けた。

「是非、そうして下さいね。
　貴方はとても思慮深いですけど、時としてため込みかける時がありますから。
　まぁ、私も…貴方のことを言えた義理ではないんですけどね。」

最後の方は、彼にとって言いにくいのか、語尾が少しずつ小さくなっていくのを
聖母の様な笑みで見守ったディアであった。
そして、

「くす…私たちは似たもの同士ということになりますか？ルヴァ？」

からかいの色を含ませた声でルヴァに問いただすと、
ルヴァは、両手をさまよわせながら慌てて弁護し始めた。

「あ、その…わ、悪い意味ではなくてですね〜。
　ただ、あなたの気持ちのはけ口になれればと思って…」

どんなことにでも、真面目に捉えて話してくれる守護聖達…
彼ら達がいてくれたから、ここでの使命を全うできたと思っている彼女は
もとより、そんなに追求する気も無かったのである。
ルヴァの狼狽ぶりを目の当たりにしたディアは、
自らこの話題に終止符を打つために口を開いた。

「…似たもの同士だからこそ言える事もある。と言うことですね…
　早速ですが…お言葉に甘えて宜しいですか？」

「もちろんですよ〜。さ、どうぞこちらへ。」

思いきり、冷や汗をかいている額に気付いていないルヴァは、
元のテーブルに、ディアを案内した後、
すでに冷めてしまった紅茶を入れなおすべく、別室に向かっていった。


この後二人が語り合った内容は、ここでは伏せておこう…
…ただ、言えることは。
二人ともお互いを悪しからず思っていて、どんな事でも話せる相手だということ。
そして、男女の理を越えた、強固な信頼関係が成立するという事実もあった
ということである。


〜Ｆｉｎ