様々な色と形の香水がところ狭しと並んでいるなかで、
赤のメッシュがパッションブロンドに映えている青年が、オリジナルブレンドの
香水を創り出すべく精を出していた。

もうすぐ、青年の意中の少女の誕生日。
お子様軍団を筆頭に守護聖や教官達もプレゼントの工面に東奔西走しているだろう。
ついこの間も、オスカーが敵情視察のために私邸に乗り込んできたくらいだ。

平日だが、仕事が思いの外早く片づいたので私邸に戻っていたオリヴィエ。
その日も少女の為の香水を調合していたところ、遠慮がちなノックが響いた。

「な〜に、今忙しいんだけどねぇ」

「申し訳ございません、ただ今、オスカー様がお見えでいらっしゃいますが・・・」

「アイツのことだから、構わず入って来るだろ。いいよ、通して。」

「はい」

そんな会話を扉越しにかわした後、オリヴィエは、隣室で迎撃体制にでるべく
調合している香水瓶と器具を簡単に片づけると、居間でもある隣室への扉を開けた。
居間のソファにくつろいだ形で座ると、ジャストタイミングで平服姿のオスカーが
姿を見せる。

「よぉ、オリヴィエ。」

「あ〜ら、オスカーじゃないの。こんなトコまで何の用？」

いつもの軽口の応酬。しかし、コレが二人のコミュニケーションだ。

「ご挨拶だな、オリヴィエ。
　良い酒を飲ませてくれる所を見つけたから誘いに来たんだがなぁ。」

「あ、そ。悪いわねぇ、今回は遠慮しとくよ。今のワタシは酒より美容だから☆」

「ふっ、お前らしいな。・・・まぁいい。じゃ、今夜はじっくり飲ませて貰うぜ」

どうせ酒にかこつけて、何かを聞き出そうとの魂胆だろう。
オスカーの場合、酒を飲むだけならボトルを持参するのが常なのだ。
聞き出したい何かとは・・・言うまでもない。
こっちから言う気もないので、すっぱりと断った。

「そーしてよ☆
　どーせアンタの事だから、自分の両側にダース単位のオンナのコ侍らせるんでしょ？」

「まぁな。麗しのレディ達が俺を待ってくれているからな。あんまり待たせるわけ
　にはいかないだろ？」

「ごちそうさま☆」

「おっと、それじゃあ行ってくるか。レディ達に相談したいこともあるからな。」

「相談したいこと？」

引っかかる単語が出てきたので、オリヴィエは、形の良い眉を少し上げながら聞く。

「可愛いお嬢ちゃんへのプレゼントの見立てさ。そろそろ誕生日だろ？」

オスカーは本題をさらっと口に出して、牽制する。

「はぁ〜〜ん。なるほどね☆けど、タダじゃないでしょ。」

オスカーが天使にご執心なのは分かっているオリヴィエは、受け流しながらも
突っ込みを入れた。

「まぁな。こんなイイ男放っておく女なんていやしないからな。じゃあな、オリヴィエ」

言いたいことを言うと、オスカーはさっさと部屋から出ていった。

扉が閉まる瞬間、オリヴィエは

「言ってな☆まぁ、早く枯れないように気を付けるんだね。」

と、聞こえないように呟いていたのはさておく。

オスカーが充分に遠ざかったのを確認したオリヴィエは

「さてっと。お邪魔ムシは消えたし、仕上げといくか☆」

軽くストレッチをしながら呟くと、
香水で埋め尽くされている隣室への扉を押し開けた。

ブレンドされた香水の香りがむせかえるまでに広がっている。
この部屋の扉を他の人間が開けたら、あまりの香りの強さに大急ぎで扉を
しめることだろう。

だが、オリヴィエはすでに慣れている香りなので全く動じない。
それどころか種々雑多な香水瓶の中から、ほっそりとした可憐なイメージの瓶の他、
数種類を次々と取り出していく。

最初に取った瓶以外の香水は、仕上げ用の香りの為にと取り寄せた香り達だ。
腕の中の香水をテーブルに並べて、ブレンド用の器具を改めてそろえていくと
にわかに研究所の一室が出来上がった。

細い短冊一枚の上に開封した香水を一滴落とすと、独特の香りが改めて立ち昇る。
テーブルの上に数枚並べられた短冊は、香水瓶と同じ数。
短冊一枚と香水瓶は対になっているので、香り全てを短冊に移し終わった頃には
細い短冊は各々の香りを主張していた。

「うーん、香りがあまり残るのもちょっと・・・けど、すぐ香りが無くなるのも
　いただけないし。微妙なところねぇ〜〜」

ああでもない、こうでもないと首を捻りつつ手が動いていく。
その夜、オリヴィエは貴重なお風呂の時間も削って香水の調合に没頭した。
夜更かしは美容の敵！と宣言している彼が、
この時に限って深夜まで起きていたことは
にわか研究室に深夜まで灯っていた明かりが証明していた。
翌日、聖殿にある各守護聖の執務室は、オリヴィエ他数人の執務室が空いた
ままだった。


アンジェリークの誕生日の前夜。

いつもどおりに育成と学習を終えた少女は、
シャワー上がりの濡れた髪をタオルで乾かしながらベットに座っていた。

「んっと・・・この数値なら、そろそろ夢の力が必要かしら？」

タオルで濡れた髪と格闘しながら、目は育成資料に、
思考はアルフォンシアの成長ぐあいに向かれている。だが、少女の頭の片隅では
ある人物の影を想い描いてもいた。

「安定度は、大丈夫みたいだし・・・明日はどうしようかな・・・
　本当は、オリヴィエ様と・・・デートしたいんだけど・・・」

う〜〜〜〜んと小さく唸っていると、

【コン・コンッ】

扉を軽くノックする音が響いた。

「はーい」

明るい返事を返しながら軽いオレンジ色のカーディガンを羽織ると、
カチャリと音を立てて扉を開けた。

「あ、オリヴィエ様」

「遅くにごめんねアンジェ☆アンタと少し話したくて来ちゃったんだ。」

「いいえ。かまいません。来て下さって嬉しいですオリヴィエ様。」

「ありがと☆」

少女の了解を得たオリヴィエは華やかな容貌を引き立たせる笑顔を浮かべながら答える。

「っ・・・どうぞ。」

オリヴィエの笑顔に一瞬見惚れたアンジェリークは、頬をピンクに染めながら
麗しい客人を迎える。

「じゃあ、お茶入れてきますので・・・」

「あ、お茶はいいよ。すぐに帰るつもりだから☆」

「でも・・・」

「ホントにいらないんだ。まだ喉乾いてないし、お茶よりアンタと話したいんだ☆」

オリヴィエの言葉を聞いたアンジェリークは、次の瞬間、耳まで真っ赤に染まった。

「もぅ、オリヴィエ様ったら。」

「くすっ、アンジェってば可愛いねぇ〜。こっち来てくれるかな？」

「はい。」

オリヴィエの促しに、恥じらいながらも席につくアンジェリーク。

「・・・つくづくアンジェってば、えらいよねぇ。」

「え・・・」

「ついこの間まで女子高生だったのに、いきなり右も左もわからない世界に
  放り込まれて。何も知らないまま女王だ守護聖だ宇宙の育成だのを
　こなさなきゃいけないんだ。
　たいていの人間は、音を上げかねないのにね。
　でも、前向きにきちんと頑張って、結果を残してる…
　アンタのそういうところ、私は買ってるんだよ☆」

「ありがとうございます。オリヴィエ様。」

アンジェリークは心持ち恥らいながら、オリヴィエの瞳を見つめて話す。

「・・・だって、アルフォンシアが私を選んでくれたんです。言いかえれば、
　アルフォンシアを理解できるのは私だけですし・・・
　今では、アルフォンシアとあの子がいる宇宙は私の子供とも思えます。
　だから、どんな結果になろうとも最後まで精一杯やりたいんです・・・」

「そっか・・・アンジェの子供か。」

「はい！」

「アルフォンシアがアンジェの子供なら、私達守護聖の子供でもあるね☆」

「守護・・・聖、様の・・・ですか？」

「うん。だってアンジェ達のお願いで、私達のサクリアをアルフォンシアや
  ルーティスに送るんだよ？人数が多いけど、守護聖から見ても子供じゃないかな。」

「あっ」

「ふふふ〜☆」

オリヴィエは、アンジェリークの様子を楽しそうに見つめながら微笑むと、
パールを帯びているピンクのルージュに縁取られた唇を少女の耳元に寄せた。

「がんばってるアンジェの瞳って、とっても綺麗だよ。」

そう、囁くと耳元から唇を離す。

「今夜、ここに来たのは、渡したい物があったんだよ。」

「？　私にですか？」

「そう。アンタにだけだよ。」

そう言うと、オリヴィエは綺麗にラッピングされた細長い小箱を
アンジェリークに手渡す。

「わぁ・・・ありがとうございます。オリヴィエ様。」

頬をピンクに染めた、晴れやかな笑顔をオリヴィエに向けたアンジェリーク。

「あの・・・開けてもいいですか？」

「うん、いいよ。」

青年の了解をもらった少女は、瞳を輝かせながら包装を解く・・・
オリヴィエを思わせる、軽いピンクを基調にしたパステルの薄紙の中から
細く可憐な香水瓶が出てきた。

「香水・・・」

「そう、頑張るアンジェにつけて欲しいんだ。リラックスできる香りなんだよ☆」

「嬉しいです。オリヴィエ様・・・」

「そんなに喜んでもらえると、こっちまで嬉しくなるねぇ☆」

アンジェリークが細い指で香水の蓋を開けると、ローズの香りが立ち上る。

「いい香り・・・バラですね。」

「アンジェのイメージなんだけど・・・どうかな？」

「え、これ・・・オリジナルなんですか？」

「うん、ワタシがブレンドしたんだ。フローラル系でまとめてみたんだけど・・・」

「バラの香りがきつく残らないし・・・とっても落ち着く香りで・・・好きです。
　こんな香りって・・・」

「良かった。いつでもそばに香っていて欲しいと思って作ったんだ。
　そう言ってくれて嬉しいよ。」

「オリヴィエ様・・・」

うっとりと青年に魅入っている少女の肩に手を添えて、
オリヴィエはアンジェリークのサファイアの瞳を捕らえる。

「アンジェ・・・」

「はい・・・」

「誕生日おめでとう、アンジェ・・・」

そう言うと、オリヴィエの唇はアンジェリークの額に触れた。
額に暖かな熱を感じる・・・一瞬、驚いたアンジェリークだったが、抵抗はしなかった。
唇が額から離れると、

「ねぇ、アンジェ。」

「はい？」

「ワタシは、アンタの綺麗な瞳が好きだよ。できれば、いつでも見ていたい・・・」

優しい想いが伝わるキスで、思考が回らないアンジェリークは、
一瞬意味がわからずにキョトンとしていたが、すぐに驚きに目を見開いた。

「・・・えっ・・・」

さっきから、ずっと少女の瞳を捕らえ続けているオリヴィエの双眸は、
真摯な光を帯びている。

「アンジェリーク・・・好きだよ・・・アンタだけが・・・
  ずっと側にいて欲しいって思ってる・・・」

改めての告白。

華やかで享楽的な仮面の中には、さりげない気遣いが出来る大人で、他人の痛みが
分かる彼がいた。だからこそ、好きになったのだ。
・・・アンジェリークの夢がオリヴィエの夢と同じなのだと分かった瞬間、
少女は、青年の想いに応えていた。

「・・・私も・・・好きです・・・オリヴィエ様・・・」

細い肩に添えられたオリヴィエの手が動き、アンジェリークの躰を抱きしめる。

「アンジェリーク・・・もう、離さないよ。
　これからずっと二人で幸せな夢を見よう・・・ね」

翌日、女王補佐官の主催で開かれたアンジェリークのバースディパーティーでは
アンジェリークのエスコート役を穫られた守護聖や教官達の落胆から始まった。
パーティーは天使の笑顔の威力が功を奏し、和やかな雰囲気で行われたが、
パーティー後、天使に想いを寄せていた者達からの嫌がらせを受けたオリヴィエは
仕掛けてきた者達にふさわしい、懇切丁寧な報復をしたのはいうまでもない。


〜Ｆｉｎ