「･･･また、ここに来てくれますか？」

眼鏡の奥の瞳が柔らかく笑って言ってくれたその言葉が嬉しかったの。
だから、今日アルフォンシアに会いに行った後、明日の準備をしていたら･･･

【リン・ローン】

と高い電子音が部屋に鳴り響いた。だから、

「はーい」

返事をしながらドアを開けると、エルンストさんが少し気恥ずかしそうに立っていたわ。

「あの･･･こんな時間に、すみません。私も非常識だと、分かっているのですが･･･
　月がとても美しいので･･･もし、貴方さえ宜しければ･･･庭園に付き合って
　頂きたいと思いまして。」

言い終わると同時に眼鏡を直す癖。こう言うときのエルンストさんは照れてるの。

でも、心臓がどきどきいってるのは私も同じ。それに･･･エルンストさんからの
お誘いなんて初めてだし、嬉しいから。

「喜んで。エルンストさん。とっても嬉しいです。」

「ありがとうございます。それでは、行きましょう。」

いつも歩いている庭園への道は、景色が暗闇に解け合って少し怖かったの。でも、
いつも一歩前を行く大人の存在だった男性が、今はすぐ隣を歩いていてくれるから、
怖かった夜道も、次第に平気になっていったわ。

エルンストさんと一緒に歩いていくと、月明かりに照らされた噴水の水しぶきが
綺麗に光っているのが見えた。

いつも日の光の下、様々な色に彩られた庭園が月明かりの中に存在している。

色はほとんどないけれど、余分な色が見えない分、月の明かりが庭園を
静謐なほど神秘的に見せていたの。

「夜に見る庭園もなかなか美しいですね。このような美しい光景を貴方と見ることが
　できるとは･･･」

たとたどしく言葉を紡ぐ横顔がいつになく印象的で、私は、景色よりエルンストさんに
魅入られていた。

「エルンストさん･･･」

「さ、向こうに行きましょうか」

「はい。」

今が夜で良かった･･･だって、胸がドキドキしてて顔が真っ赤なのがわからないもの。
大好きな貴方だから、いつもとっておきの笑顔でいる私だけを見て貰いたいから･･･

「あっ、誰かが来るようですね。そこの茂みに隠れましょう！」

「え、あ、はいっ！」

近づいてくる人影にいち早く反応したエルンストさんは、私の手首を掴んで、
強い力でご自分の方に引き寄せたの。

とっても強い力で引っ張られた私は、返事をするのが精一杯で。

気が付いたら、公園の茂みの中でエルンストさんと肩を寄せ合うようにして隠れてたわ。

二人で息を潜めて隠れていると、ふと自分が付けているコロンとは違う、
男性の香りに気が付いたの。

今まで嗅いだ事がなくて、でも、いつまでもこの香りに包まれていたいような･･･

「もう、行ったみたいですね」

ぼんやりと考えていると、エルンストさんが外の様子を窺いながら小声で呟いていたの。

ここにずっといるわけにもいかないから、名残惜しくても出ていかなきゃと思って、
茂みから出ようとしたら、エルンストさんに腕を掴まれて。

「･･･すみません。アンジェリーク、もうここにいる必要もないのですが･･･
　もう少し、少しだけ貴方とここに･･･いたいのです。」

「･･･エルンストさん･･･」

エルンストさんに掴まれた腕は、強い力を受けて少し痛く感じる。

でも、眼鏡の奥の真剣な瞳にに魅入られている私は、抵抗することなく大好きな人の隣に戻った。

掴まれた腕のおかげで、エルンストさんをより近くに感じられる距離にいられるのがとっても幸せ･･･このまま、時が止まってくれれば良いのにと本当に願っていた･･･

だから、エルンストさんの肩に少しだけ頭を預けながらそこにいたの。

「アンジェリーク･･･聞いてくれますか？」

正面を向いていた端正なお顔がいつの間にか私を見つめていた。

「何ですか？エルンストさん。」

言いながら顔を上げると、しっかりと目が合ってしまう。

目が合ってしまった事が気恥ずかしくて、つい目を背けると、

「瞳を･･･見ては頂けないのですか？」

と苦しくて、切なそうな声が聞こえたの。

声に驚いてとっさにエルンストさんに向き直った私は、エルンストさんの怖いほど
真剣なお顔を初めて見たの。怖いけれど、目を反らせないくらいに真剣な顔･･･

「アンジェリーク･･･今まで、私は研究一筋に生きてきました。
　数々の研究院を渡り歩いて、知識の吸収と研究に一生を捧げていく人間だと思っていたのです。
　･･･ですが、女王試験が始まり、貴方と出逢いました。
　初めは、協力者として好意を寄せていましたが、何事にも全力を尽くしている貴方を見ている内に、いつの間にか貴方の存在が私の中で日増しに大きくなっていったのです･･･
　今では、研究用の資料に目を通している時でもふと気付けば、貴方の事ばかり考えているのです　この想いに初めて気付いた時は正直、戸惑いました。でも、どんなに考えても一つの結論しか出てこないのです･･･ですから、これだけは･･･言わせて下さい。

　･･･貴方を･･･愛しています。」

真摯な告白･･･夜のせいで、声を潜めているけど、空気の震えと一緒に私の耳に入ってきたの。

耳元を擽る空気の震えと澄んだ声が甘い痺れになって私の中を駆けめぐっていて、返事が出来ないくらい体に力が入らなかった。

だから、返事をするかわりに、エルンストさんの首に腕を巻き付けて、広い胸にしがみついたの。

「あ、アンジェリークっ！」

私がしがみついたら、エルンストさんの焦った声が、耳に飛び込んできた。

私は、しがみつきながら、目の前にあったエルンストさんの耳元に伝えたい一言を囁いたの。

さっき、エルンストさんが私にしてくれたように･･･

「だいすき･･･です･･･」

一言伝えると、エルンストさんは、私を力強い腕でしっかり抱きしめてくれた。

「ありがとうございます･･･アンジェリーク･･･貴方は、私の心に平安をくれる。

　これからは、全力で貴方をお守りします･･･」

そう言って、抱きしめてくれる腕に力がこもっていくのが分かったの。

強い力で抱きしめてくれるのが嬉しくて、息苦しさも喜びになっていったわ。

少しの間、抱きしめてくれた後、ふと気付いたことがあって、顔を上げた。

「エルンストさん。」

私が顔を上げたことで、少し腕の戒めを弛めながら優しく尋ねてくれる彼。

「どうしました？アンジェリーク？」

一番大好きな、暖かい瞳を見つめつつ明日の予定を聞いたわ。

「あの･･･明日も王立研究院にいらっしゃいますか？」

「ええ。その予定ですが･･･」

質問の意図がよく分からないようで、少し疑問の色を持たせながらも応えてくれたの。

でも、私にとっては予想済みだったから、構わず先に進むことにしたわ。

「やっぱり。明日お弁当持っていきますので、お昼ご一緒して下さいますか？」

「喜んでご一緒させて頂きますよ。」

すぐＯＫしてくれた彼は、私の額にキスを落としながら改めて抱きしめてくれる。

エルンストさん･･･これから、ずぅっとお側にいさせて下さいね。

明日も、明後日も･･･貴方の側にいられることが、私の幸せなんです･･･愛しています。