Flour de Flour 〜花の中の花〜 (Present
for you. Var,Marcel)
聖地でしか見ることのない、二頭立ての馬車。
ガラガラとゆったりとした音をたてながら、ある館へ向かっていた。
馬車は、年代を感じる屋敷の目の前で止まる。
御者が中の人物のためにドアを開けると、華奢な少女が躊躇いがちに馬車を降りた。
手には、バスケットを持っている。
そのまま、館の執事に案内され、色とりどりの花が咲き乱れる美しい中庭に向かう。
やがて、中庭に出ると、ハニーゴールドの髪を束ねた菫色の瞳の少年が、物憂げな表情でブランコに座っていた。
「マルセル様」
アンジェリークは、いつもの元気な調子で少年に声をかける。
「あっ、アンジェリーク。来てくれたんだね、待ってたんだよ。」
喜色満面の様子でアンジェリークを迎えるマルセル。
その様子にほっとしたアンジェリークも笑顔がこぼれる。
「今日は、お招きありがとうございます。マルセル様。」
「挨拶なんていいよ。さ、入って。」
「それじゃあ、お邪魔します。」
マルセルに促されたアンジェリークは、戸惑いながらも好奇心に溢れた瞳を輝かせて庭に入っていった。
マルセルは、一人で座るには大きいブランコにアンジェリークを座らせるため立ったまま少女を待っている。
「ここに座ってくれる？」
そう言って、マルセルはブランコにアンジェリークを座らせると
ブランコの空いたスペースに自らも座った。
ふと、アンジェリークが抱えているバスケットに目が移る。
「あれ？アンジェ。そのバスケットは･･･」
「あ、チェリーパイのつもりなんですけど･･･」
言いながら、アンジェリークは華奢な手でバスケットの蓋を開ける。
清潔なナプキンをとると、チェリーの甘酸っぱい香りを広げている
少女手作りのチェリーパイがバスケットの底にあった。
アンジェリークが取り出すと、つやつやと輝くチェリーが少女の丁寧な仕事を証明している、
見るからに美味しそうなチェリーパイがそこに在った。
「うわぁ･･･美味しそう･･･。ありがとう。アンジェ。後で二人で食べようね。」
そう言うと、マルセルは、近くにいたメイドを呼び、チェリーパイとバスケットを渡した。
二言、三言言うと、メイドは速やかに下がっていった。
改めてブランコに座ったマルセルは、アンジェリークを労る。
「アンジェ、ここまで来るのに疲れなかった、大丈夫？」
聖地は、一つの市程度の広さだ。こうして、守護聖の館を尋ねるだけでも結構歩くのだ。
マルセルは、毎朝、朝露に濡れた季節の花を摘みに出掛けていたので、ここの広さはよく分かっている。
だからこそ、今日の客人であるアンジェリークを迎えるために馬車を手配したのであった。
「そんな。疲れなんて無いです。マルセル様の馬車のおかげで、ここに来るまでの間も、すごく楽しかったです！私、馬車って初めてでしたから・・・」
「よかったぁ。アンジェに喜んでもらえて。」
疲れの色が見えない明るい笑顔を見たマルセルはほっと胸をなで下ろした。
「本当に聖地って広いんですね。びっくりしちゃいました。」
「アンジェもそう思ったんだね。僕も、初めにここに来たときは、 あんまり広くて迷子になっちゃいそうだったんだよ。 だから、僕、毎朝道を覚えるために朝摘みのお花を持って散歩してるんだ。」
「朝摘みのお花を抱えて･･･ですか。毎朝たいへんじゃないですか？」
「ちょっとね。でも、お花は朝露にぬれて綺麗だし、みんなのところへ持っていくと とっても喜ばれるんだ。
それが嬉しくって。」
「お優しいんですね･･･マルセル様。」
何げに呟かれた言葉にマルセルは反応した。
「えっ･･･アンジェ」
マルセルの反応を見たアンジェリークは、目の淵をほのかにピンクに染めながら話を元に戻した。
「あっ！私、その･･･朝摘みのお花って一度見てみたいです。」
「それじゃあ、アンジェのお部屋にも届けてあげるね。」
躊躇い無く、マルセルは答える。
さもありなん。マルセルの意中の女（ひと）は目の前にいる少女なのだから。
彼女の笑顔のためならば疲れも感じない。
感じやすい精神を持つ故に、限りない優しさと強さをも持つ少女。
いつしか、彼女と過ごす時間が自分にとっての安らぎになっていた。
一人でいる時も彼女が頭から離れなくなってしまっている自分に驚いたが、
何時からか、アンジェリークに”恋”していると気付いたのだ。
「でも、マルセル様･･･たいへんじゃ･･･」
「大丈夫だよ。大好きなアンジェの笑顔を見たら疲れなんて無くなっちゃうんだから。」
一瞬にして、アンジェリークの首から上が真っ赤に染め上がる。
それは、見た目にも鮮やかな変化であった。
「ねぇ、アンジェ？」
身体を少し折り、マルセルは菫色の瞳をアンジェリークのサファイアの瞳に合わせるようにのぞき込んだ。
「はい、何ですか？マルセル様。」
アンジェリークは少し驚いたようだが、抵抗無く答えてくる
「僕、アンジェに見て貰いたいお花があるんだけど、いいかな？」
「もちろんです！見せて下さいっ。」
即答であった。
「良かったぁ。じゃ、早く行こうよ。ね？」
言うと同時にアンジェリークの手を引くマルセル。
初めはいきなり引かれた強さに驚いたアンジェリークだったが、手に感じるマルセルの温かさに気が付くと、感覚が手に集中してしまっていた。
天真爛漫で、とても純粋な緑の守護聖。
あどけなく疑うことを知らない彼だが、純粋な精神と豊かな感情を持つが故にその根本となる精神を支え得る強い意志を持つ彼。
所々に見えかくれする、彼の心遣いが嬉しくて･･･気が付いたら好きになっていた。
一緒に話せるだけでも嬉しかったのに、こうして、手を繋げられるなんて･･･
庭を、どう歩いたかも分からないまま少し歩いた後。マルセルは、一つの場所で歩みを止めていた。
「これだよ。アンジェリーク。」
今まで握られていた手が開放され、目の前にあるグリーンの海の中から鮮やかな朱がアンジェリークの目に飛び込んできた。
「マル･･･セル･･･さ、ま･･･これって･･･」
「ふふっ、驚いた？これが”ローズマリー”の生花なんだよ。綺麗でしょ？」
「はい･･･」
瞬きもしないで薔薇に見入っているアンジェリーク。
そんな様子をにこやかに見ていたマルセルだったが、あまりに熱心に見入っているので、
マルセルはちょっとした悪戯心から、アンジェリークを正面からのぞき込んだ。
「アンジェリークっ☆」
「きゃっ！マっ、マルセル様っ！？」
「アンジェったら。そんなに、お花ばっかり見つめないでよ。僕もいるんだから。」
「あ、すみません･･･私ったら･･･」
「あっ、そんな顔しないで。アンジェ。」
みるみるうちに、アンジェリークの瞳に涙の滴が溜まっていく。
「だってぇ･･･」
「笑って。アンジェ･･･僕、君のことが好きだから･･･アンジェの笑顔が見たいんだ。」
涙に潤んだ瞳がマルセルの菫色の瞳に合わせてくる。
「マルセル様･･････」
マルセルは、指でアンジェリークの涙を拭うと、熱い吐息と共に自分の想いをアンジェリークに伝えた。
「本当に、アンジェリークが好きだよ･･･誰よりも･･･ずっと、ずっと大好きなんだ。 最近、アルフォンシアに
サクリアを送るの時、やらなくちゃいけないと思っても とても辛いんだ･･･特に君から頼まれた育成の時は･･･
新宇宙が星で満ちたら、君は僕の側から離れていってしまう･･･ こうしてお話することも出来なくなると思うと、
とても辛くて･･･苦しいんだ。 これからずっと、こんな辛い想いを持ち続けるなんていやなんだよ。
僕は、君の側にいたい･･･誰よりも一番近くで君を感じていたいんだ。」
「･･･マルセル･･･様･･･」
あまりに近くにマルセルを感じているので、アンジェリークはまともに言葉を紡げない。
「アンジェリーク･･･教えて。誰か好きな人はいるの？」
アンジェリークは、こくりと息を呑むと、自分の感情をマルセルに伝えた。
「･･･はい･･･います･･･」
「そっか･･･やっぱり･･･だって、最近、すごく綺麗になったもん。」
「じゃ、私、マルセル様に感謝しないと。」
「え、僕に？」
「ええ。だって、私･･･マルセル様が･･･」
言い終わらないうちに、アンジェリークの左頬に柔らかい羽が触れた感触がある。
「す･･･き･･･」
やっと言い終えたアンジェリークは、マルセルが自分にキスしていることに気付いた。
柔らかい感触はすぐに遠のいたが、アンジェリークは朱が昇りきった頬を想い人に
見られるのが恥ずかしくて、思わず後ろを向いてしまう。
「アンジェ、こっち向いてよ。綺麗になった君をもっと見ていたいんだから。」
後ろから、抱きすくめられていると、マルセルの吐息が首筋にかかり思わずぴくりと反応してしまう。
アンジェリークは観念すると、身体を反転させてマルセルと向かい合った。
「アンジェリーク･･･本当に綺麗だよ。僕が見せたお花よりも･･･ これからもずっと、君が綺麗になる手伝いを
したいんだ･･･いいよね？」
「ええ･･･私、貴方のために綺麗になりたいっていつも思ってます･･･」
”ローズマリー”は香りを楽しむポプリに使う、咲かせるのが難しい薔薇。
けれど、”ローズマリー”より咲かせることが難しい薔薇をマルセルは手に入れた。
”アンジェリーク”という薔薇を･･･
そして、”アンジェリーク”は、今以上に美しく咲き誇るであろう･･･
なにより、薔薇自身がマルセルの為に咲き誇りたいと願っているのだから。
〜Ｆｉｎ
春明さん、マルセル君に夢を持ってる私としては、こんな素敵な彼を見ることができ、嬉しさのあまり、
ヨダレ垂らしてしまいました。いいわ〜。そして是非アンジェリークには女として開花してほしいです（笑）
でも、本当にこんな素敵なお話を賜り、ありがとうございました。