指示薬C2H5OH
「今日は、特に異常なし…と」
小さくつぶやくと、ヴィクトールはエレミア視察からの帰り道を進む。
女王や補佐官・守護聖・教官・協力者達が霧に包まれてこの地に来てから、しばらくの時が流れた。
新宇宙の女王・アンジェリークはこの浮遊大陸の謎を解くため、日々育成を行っている。
すでに女王となってはいるが、毎日守護聖のもとに通い、頑張っている姿を見ると女王候補時代を思い出さずにはいられない。
（しかし…あいつは変わったな…いや、時間的には下界にいた我々の方が変わっているはずだが）
思い出すのは、決して優等生とは言えなかった女王候補の問題の数々。
ラーメンをすすり、ありとあらゆる酒を飲み、泥酔してはヴィクトールに運ばれる…そんなアンジェリークの姿。
だがこの地に来てからというもの、アンジェリークは育成地を憂い、育成に力を注ぐばかりだ。
やはり、宇宙の女王になるということはそれだけのことができて当然なのだろう。
宇宙すべてのものに普遍の愛を注ぎ続ける、今のアンジェリークは完璧な『女王』。
ヴィクトールはそんなアンジェリークの成長ぶりを教官としては嬉しくも思い、そして少し寂しくも思う。
そんな感慨に耽っていたときだった。
がさり、と茂みが音を立てる。
ヴィクトールはそっと剣の柄に手をかけ、音のした方向をにらみつけた。
「誰だ？！隠れていないで出てこい！！」
その声に答えるのは草木を揺らす風の音のみ。
しかし、そこには明らかに人の気配がある。
ヴィクトールは己の周囲に気を張りつめた。
「…ったく、そんな殺気出したらこの土地の人も逃げ出しますよ？」
「……アンジェリークっ？！」
諦めたように茂みから出てきたのは、つい先ほどまでヴィクトールが思いをはせていた新宇宙の女王、アンジェリークその人。
その出で立ちはいつものあでやかなワンピース姿ではなく、土地の少年が着ているようなシンプルなシャツにパンツというもの。
ヴィクトールはその姿を一瞥すると、深いため息を付いた。
「なるほど…夜の抜けだしスタイルだな」
「なっ…何のことでしょうっ？」
アンジェリークは慌てて愛想笑いを作るが、視線が泳いでいてばればれである。
少しでも完璧な女王になったなどと思った自分がバカだった。
ヴィクトールはもう一度ため息を付く。
「いいか、アンジェリーク。お前は今、この大陸の謎を解ける唯一の存在なんだ。いくら陛下に守られている土地であっても
夜の一人歩きが安全なものではないくらい分かるだろう。もう少し自覚を持ってだな…！！」
「だって！！」
アンジェリークは両手をぐっと握り、自分より高いヴィクトールの顔を上目遣いできっとにらみつける。
その視線の強さにヴィクトールは言葉に詰まった。
「だって…私だって自分の目で土地の様子が見たかったんです…。みなさんが私を大切に思ってくれて、協力してくれるのは
分かるけど…みなさんが忙しく動いているのに、私だけ遠いところで力を送るだけなんて…！！」
「アンジェリーク…」
そうだった。 アンジェリークはそういう子だった。 大食だったり、大酒のみだったり、女王候補らしからぬ事ばかり
だったけれど…それでも、他人の力に頼って甘えることなく、自分の力で道を切り開いていく女王候補。
その力があったからこそ、新宇宙を支えていけたのだろう。
彼女は、何も変わっちゃいない。
俺は、彼女の何を見ていたんだろう？
教官失格だなと思う自分と、なぜかほっとしている自分がいる。
「あのー…ヴィクトール様？怒ってます…？もしかしてっ、ジュリアス様に報告せねばなんて思っちゃってます…？」
先ほどまでの勢いはどこへやら。
言葉を発しないヴィクトールを不安に思ったのか、アンジェリークはおずおずとした視線を投げかけてくる。
くしゃ、と大きな手が栗色の髪をなでた。
「お前のことだ、怒ろうがジュリアス様に報告しようが、また我慢できなくなって抜け出すんだろう？」
「う゛っ…」
ころころ変わる表情。彼女に隠し事なんてものは出来やしない。
「だから。今度から視察に行きたいときは俺に声をかけろ。なんとか陛下にお願いして連れていってやるから。」
「本当ですかっ？！」
今度はぱあっと晴れ渡った。
「ああ…それに」
ヴィクトールの手がさっとアンジェリークの手にのびる。
アンジェリークがあっと声を上げる前に、ヴィクトールは小さな紙切れをアンジェリークから奪っていた。
「ウォッカ、ジン、ラム、サザンカンフォートか…お前のもう一つの目的はこれだろう？」
それは、いくつかの酒の名前が書かれたメモ。
「だって…レイチェルに頼んだら『ただでさえ育成で疲れているのにお酒なんて飲ませられない！』って言われちゃって…」
「…おまえは飲まない方が疲れるタイプのようだがな」
「ヴィクトール様もそう思いますっ？！」
でしょう？と同意を求めてくるアンジェリークにヴィクトールは苦笑する。
「わかった。俺が時々土地の人達からわけてもらう酒をお前にも届けるようにしよう。」
「さっすが将軍！！話せます〜♪」
「ただし！タダでとはいわん」
その一言に情けない表情をするアンジェリーク。
「そんな〜…育成ならもっと頑張りますっ！あっ、なんなら館のお掃除でもしますからっ！！」
女王とはとうてい思えない発言にあきれかえるヴィクトール。まあ、元々女王らしいなどと思わなかったが。
「そんなことはせんでいい。そのかわり…」
そう言ってヴィクトールはアンジェリークの耳元に口を寄せると何かをつぶやいた。
にやりといたずらっ子のように笑うヴィクトールと、真っ赤に頬を染めるアンジェリーク。
「ヴィ、ヴィクトール様…それって」
あまりの変貌ぶりにヴィクトールは意地悪がすぎたかな、と反省した。
「はは、冗談だ冗談。さ、今日は帰るぞ。送っていこう」
その言葉にアンジェリークは我に返る。 からかわれた！！ そう思うと、今度は無性に腹が立ってくる。
「ヴィクトール様っ！！」
すでに歩き出しているヴィクトールの背中に呼びかける。
ん？とヴィクトールが振り返ると、そこにあったのは頬に感じる柔らかい唇の感触。
今度はヴィクトールが真っ赤になる番だった。
「あっ…アンジェリークっ？！」
「お酒のお礼、先払いしましたからねっ！！」
少しだけ頬を赤らめながらも、にやりと微笑むアンジェリーク。
結局、この女王陛下にはかなわない。
「さっ、かーえろっと！飲ませてくれるんでしょう？」
これは、相当の種類と量の酒を用意しておかなければいけないな。
そんなことを考えながら、ヴィクトールはアンジェリークの後を追っていった。
おしまい
…あ゛ー…すみません、自分設定の「酒飲み大食漢コレット」を使いました…。
一応これには裏設定がありまして。アリオス・エルンストも飲み仲間なんですが、一応将軍とコレットは一番つながりがあります。恋人というよりかは親子ですが（笑）。
でも、今回はコレットをからかう将軍と、ちょっとだけ照れて可愛いコレットを書きたかったのですー…が、ううむ、撃沈（ちなみに将軍が耳元でささやいたセリフは各自ご想像下さい。内容はたぶん、酒のお礼をねだったものだと思われます）。
駄（のn乗）文ですが、いつもお世話になっている春見将軍に貢がせて下さい…。
いえいえ、とても身に染み入るお話を賜りまして、ありがとうございます。嬉しいです。特にツボだったのが、ヴィク様の
ホッペにチュウをして、頬を赤らめてるアンジェが超可愛い♪いや〜んと ジタバタしてしまいました。
しかし、気になるのが指示薬C2H5OH って、アルコールのことなんでしょうか？ 疎い私にはさっぱり判りませんが、
ですが、アルコールがないと私も疲れが取れませんので、普通に飲むというより、指示薬C2H5OH を
飲むって言った方が、何だかできる女っぽくて、カッコいいなぁと、まったく的外れな意見を述べつつ
ですが、本当にありがとうございました。智沙都さん♪ 機会がありましたら、また飲みましょうね。