Nuit
間近で君に触れていられるのも、あとわずかだろう。
今日もまた拷問で責め上げられる。
それまで、身体が持つだろうか？
視線をずらせば、真っ暗な中でも君が見える。
オレの腕を枕に、安らかな寝息をたてて、夢の中を彷徨っているようだ。
マリナ…
さっきの君の告白は、胸が張り裂けんばかりにうれしかった。
君からのキスも、そしてこの胸に直に伝わる熱も…何もかも
君を感じてドキドキしているのに、なのに…オレを置いてきぼりにする。
君があまりにも遠い。
拷問で身体を痛めつけられるよりも、こっちのほうが苦しい。
通じ合えたと思ったのは、錯覚だったのか。
「………ん…ムニャムニャ………」
マリナが寝返りをうつたびに、オレにしがみつくその身体が柔らかで、惑溺しそうに
なるのを、必死で抑えこんでいる。
狭いベッドの中で、オレの心は乱れて…
このままマリナをたたき起こして、自らの胸を引き裂いて、どれほどマリナを愛しているかを
見せてやりたい衝動と、このまま朝まで眠らせてやりたいと思う気持ちとの間で揺れる。
「マリナ…愛している」
マリナの耳元で、この夜幾度愛を囁いただろうか？
でも、どれ１つとして届いていないのだ…。
「……あたしもよ……和矢……」
絶望で目の前が真っ暗に染まった。
深い闇がオレを覆う。
「グノームの聖剣が欲しくて、オレたちを助けたわけか？」
素性を隠してはいるが、この目の前の男はミカエリスの人間だ。
確か、最近購入したという話は聞いていたが……
「正確には助けたわけじゃない」
「それは、脅迫か？」
とにかく、これは逃げ出せるチャンスというわけだが、みすみす
この男と取引するのも…危険だ。
「いや、取引だ」
見返りをこいつは要求しているから。
「君は中々頭が切れる。一匹狼じゃあなさそうだ。背後に組織があるな。
アルディの追跡を霞めて、オレたちを見事攫っただけでなく、追撃を
かわすのにドイツ軍まで動員するまねは、かなりの組織力でなければ
できないからな」
カマを掛けてみた。
「そんなことは、今回の取引とは関係ないだろう？オレが提示しているのは
君たちの身の安全。そして…幾ばくかの金品を用意しよう。代わりにあの
華麗の館にあるグノームの聖剣を譲り渡してもらおう」
物事を一直線につきつめてしか、考えられないタイプのようだ。
是が非でもという気迫が、この男にも宿っている。
だが、この男をオレはどうこう言える立場じゃない。
「それじゃあ、手に負えないな。なにしろ華麗の館はミシェルの管理下だから」
ミシェルがアルディの当主になろうが、もう、どうでもいい。
ただ、アルディの争いに巻き込んでしまったマリナだけは、
どうにかして日本に帰してやりたい。
それだけ…あとは…自らを滅せばそれでいい。
マリナ以外の未練などないのだから。
「アンリ２世治世下のロマネスク様式だ。建築家はおそらくルイ・ルノーディ
ルイ・ルノーディは自分が手がけた建築物には、必ず、秘密の地下室を
作っている。当然あの館にも作っているはずだ。君はその場所を知っている。
教えてくれ、それだけでいい」
何だ？ この執念は。
「よく調べたな」
「是が非でも手にいれたいんだ。何でもする。今も、ミシェル ドゥ アルディを
相手に、正式な売買交渉をすすめている最中だ。が、あの男は曲者だ。この
商談はおそらく不成立に終わる。それで対立している君にも、もうして取引を
申し込んでいる」
「曲者なのは、君の方だ。 できれば話に乗りたいところだが、とても無理そうだ。諦めてくれ」
「何故だ？」
熱を帯びた視線をそいつは向けたが、執念は実らないこともある。
諦めろ。
「答えなければならないのか？ ミシェルとは対立しているが、もう対立する
理由がなくなったからだ。だから君との取引には応じられない。」
それにあの地下道は土で埋めて、もう使い物にならない。
「じゃあ、このまま追手に捕まってもいいと？」
「…オレは構わない」
もう、アルディなど、どうでもいい。
すべて幻想だったのだ。
「君は構わなくとも、この女は果たしてどうかな？」
男は、気を失っているマリナを指差しながら、その目つきの悪さをさらに悪くして言った。
「君、一人だけならもっと上手に逃げおおせている。なのに、この女を傍で置いていると
いうのは、よっぽどのことだろうと察せられる。見た感じ日本人の女がどうしてアルディ家に
追われているんだ？ どう見たって兄妹じゃないし…さしずめ恋人というところか？」
「マリナはアルディと関係がない」
マリナをどうするつもりだ？
その口ぶりは、マリナを人質に取るという暗示なのか？
「関係がないからといって、それで済むわけじゃない。当方もぎりぎりの選択を迫られている。
君がどういうつもりでいるのかは知らないが、シャルル ドゥ アルディ しばらくの猶予を
差し上げよう。考えてみるんだな」
男は、そう言って部屋を立ち去った。
マリナは気を失ったままだ。
（離れないわ、何があっても一緒よ）
オレの手を握りしめている小さな手。
絶望と、それでも希望が交互に入れ替わりながらも、この手を離せずにいる。
さて、どうするか…
あの男、先を急いでいるような気がする。
慌てて交渉に応じなくてもいいだろう。
先ほどまで気の抜けない会話を交わしていたせいなのか、ジェット機からダイビングした
せいか、思いがけず緊張していたようで、あの男がいなくなってやっと、辺りを見回す余裕が出来た。
この潜水艦の部屋は士官級が使う部屋なのだろう。簡単なベッドと机に椅子。
そして簡易な本棚があった。
そう広くないスペースの中、ギリギリまでに殺ぎ落とされた室内は無機質としか
いいようがなく、また四方を壁に囲まれているせいか、圧迫感を感じさせた。
そして簡易本棚には、軍務関係の本が主にそろっている。その中でたった一つ古びた本があった。
古びたその本は、手を伸ばせばすぐに届く距離にあり、マリナを起こさないよう細心の注意を払いながら
手にとった。
悪魔の鍵とラテン語でかかれているタイトル。
時代がかった羊皮紙のそれは、時代を感じさせた。
現代の粋を凝らした潜水艦の中には似つかわしくない本だ。
悪魔に関する記述を事細かに書いてある。
「オカルトか？ バカらしい」
読むのを止めようとしたところに、ある記述が目に飛び込んできた。
天使のカンタレラ
その秘薬を二人で飲めば、たちまち恋に落ち、生涯深く愛し合うという。
食い入るように読み進めれば、この秘薬は代々ミカエリス家が所有しているということ。
直後、オレの中から生まれた何かが囁きかけた。
(取引の材料として、カンタレラを要求すればいい）
「考えはまとまったか？」
と、いいながら、あの男が部屋に入ってきた。
「ああ、取引に応じよう。こちらの要求は二つ。オレたちの身の安全を保障すること。そして
あと１つ 天使のカンタレラを頂きたい。君の家系に代々伝わる、秘薬を」
「…………」
顔色が変わった。ミカエリス家の人間だとバレたのがショックらしい。
だけど、不用心なそっちがいけない。
悪魔の鍵には、グノームの聖剣のことも書いてあったのだから。
グノームの聖剣は、すべての人間から縁を断ち切る剣。
マリナとの出会いを忘れたくはない。
マリナと心通わす夢をどうして見てはいけないだろう？
例え、それが媚薬であっても、マリナが微笑みかけてくれるのなら。
愛が届くのならば…そして、手に入れられるのならば……
「あれは諸刃の剣で、その秘薬を二人で飲めばたちまち愛し合うようになるが…
魔性を心に宿すことになるぞ。それでもいいのか？」
マリナとならば、本望。
「君も焦っているようだ。応じられないのなら、それでもいい。くまなく探していれば
そのうちに通路は見つかるだろうよ」
「ねえ、シャルル〜 あたしが気を失っている間に何があったのよ。それにここはどこ？」
目を覚ましたマリナが、矢継ぎ早に問いただしてくる。
「ある人物と取引をした。その人物がオレたちの安全を便宜してくれたんだ。
そしてこの館は、父の隠し資産な館で、誰も知らない。だから、しばらくはミシェルや
ルパートの追手はこない。安心していいよ、マリナ」
真に安心したという感じで、マリナは息をつきながら
「そうなの〜 よかった」
と、大きな目でオレを見つめた。きらめく瞳が、オレを誘う。
あの男は、オレを睨み付けたが(おそらく不本意だったんだろう）それでも条件に応じた。
この胸ポケットの中には、天使のカンタレラ。
「マリナ、喉渇いてないか？」
注意深く、マリナを観察する。
「そうねぇ〜 ちょっと渇いてるかも」
マリナ…君を欺くよ。
君がオレに寄せていた信頼を裏切って、そしてオレは君を手に入れる。
そうまでしても、君が欲しい。
「大人しくしておいで。今、オレンジジュースを持ってきてあげる」
「どうしたの〜 シャルル あんた変に優しい」
「オレが優しかったらいけないか？」
「ううん、そんなことないけど…」
マリナ、君はもう逃げられない。
奥のキッチンの冷蔵庫から、オレンジジュースを取り出して、二つのグラスに注いだ。
そして胸ポケットから、天使のカンタレラが入ったビンを取り出して…
真珠色の液体が眩しいぐらいに輝きながら、オレンジ色の中に溶け込んでいく。
カンタレラ入りのグラスをマリナに差し出して、二人で一緒に飲み干せば、
「ん？ これお酒？ 変な味がする」
気づいてないマリナが、少し顔をゆがめた。
心臓の音が早鐘のように高鳴り、目の前のマリナが更に愛しく見える。
玉のような汗を額に浮かべ、マリナは喘いでいた。
カンタレラの効き目が出始めていた。オレの身体もまた体温の上下を繰り返していて、
たまらずマリナを抱き寄せた。
マリナの髪に指を差し入れれば、オレの指に素直に絡みつき、まとわりつくその髪の一筋ですら、
快楽の予感、
心地よさに、思わずマリナをベッドに押し倒し、マリナの髪に顔を埋めれば、鼻腔一杯に
マリナが広がる。
「何をするのっ、シャルル」
「マリナ、愛している…」
怯えないでくれ、マリナ。カンタレラの効き目はまもなくだから…
マリナの目に浮かぶのは、涙。
「さっき飲んだジュースのせいなの？ 身体が熱い。あんた変なもの飲ませたわね」
「天使のカンタレラという秘薬は、二人一緒に飲むと永遠に愛し合うという。 君と離れないために
オレはカンタレラを飲ませた。昨晩、君の心がオレにないことを知ったから…オレはこういう手段に
出た。許してくれとは言わない。最初に言ったはずだ。騙してでも手にいれると」
マリナの抗議を唇でふさぐ。その感触は触れ合えばもの柔らかく、強引に舌を割りいれれば、
その中は蜜のように甘い。
ベッドとオレの間に挟まれてもがくマリナの服を、オレは蜘蛛が蝶をくらうごとく
剥ぎ取っていく。
もう、マリナは抵抗しなかった。
その隙をついて、オレも服を投げ捨てた。
「シャ、シャルル〜」
露になったマリナの肌は、手に吸い付くほど滑らかで、小さな胸の双丘に可愛らしい
桜のつぼみが、蝶を呼び寄せるような華やかさで誘う。
和矢な蝶は、マリナの中にこんな可愛らしい花が咲いていることを知っているだろうか？
オレだけが知っているマリナのその姿に、段々と吐く息は荒くなる。
かわいそうなマリナ。君は空を飛べない。
オレが縛りつけたから。
でも、オレは君に奉仕しつづけよう。君が望むなら、何でも叶えよう。
君が傍にいるのなら、オレはどんなことでも出来るから。
やがて、マリナの息遣いも荒くなり始めた。
「どうしたんだろう。シャルル、あんたがとっても愛しくてたまらないの ねえ、どうして？」
マリナの腕がオレの背に回り、触れられればそこからまた熱が生まれる。
小さな身体のマリナだけれども、その包み込まれるような感触にオレは我を
忘れるほどに、マリナのことだけしか考えられなくなった。
口付ければどこもかしこも甘く…可愛らしい声を出して、オレを誘う。
「あっっ…ダメっ…そんなところ恥ずかしい」
組み敷いたマリナの下腹部に段々と頭をずらしていけば、可憐な花芽にたどり着いた。
もっとも神秘的な場所。
舌先で転がせば、マリナはさらに声を上げる。
「あっっ、いやっ…はぁっ」
オレの頭にマリナの手がのり、乱れていくシーツに、マリナから溢れた蜜を零すまいと
オレは必死になる。
どこまで甘いのだろう？
貪りつづけて、マリナを奪いたいわけじゃない。
だけども、あまりに美味なその味に、飢えた身には満たすことだけしか考えられない。
執拗な舌づかいに、今度はマリナのほうが未知の快楽を貪ろうと
腰をなまめかしく動かし始めた。
「マリナ…オレが欲しい？」
マリナの返事を聞きたかった。
薬の効果であろうが、オレが与えた快楽であろうが、どっちでもいい。
マリナ自身の答えを知りたい。
静まる室内。
静寂が不安を呼び起こす。
カンタレラが効いてないのだろうか？ オレの行動は性急すぎたのかと…
すると、マリナが大きく脚を開いた。
「来て…シャルル」
オレはかすかな肌寒さを感じ、目が覚めた。
腕の中にいるはずのマリナがいなくて…
慌てて視線をさまよわせると、生まれたままの姿で窓辺から遠くを見やるマリナがいた。
しかし、その瞳には明らかに何も映っていない。
声を掛けるのも許されない空気が辺りを支配して、オレはただ動けないままだ。
確かに愛を交わしたはずなのに、手に入れたと確信したのに…
ここには…ない。
以前のこちらで行った、地下室な話題の大人なチャット大会の時に、「騙してでもマリナを、
シャルルはどうして手にいれなかったのか」の話題になりまして、その中で盛り上がったんで
私なりにシャルルはこういう騙し方をするんじゃないかと、いつものごとく勝手に妄想しました。
はっきり申し上げますと、私はシャルルには狂気の片鱗が少しばかり感じられて仕方ないのです。
ですので、こういうシャルルも実は大好きでありますが、どうも先日のチャットでは、シャルルが
狂いもしない本当に完璧な人間だと思ってらっしゃる方が多くて、こういう形でＵＰとなりました。
これ自力で見つけられた方、すばらしい気合の持ち主です。春見が表彰状を差し上げます。
大体、私はあのパラドクスＰ１００以降は認めてないんで（笑） 響谷兄妹の存在は抹殺しました。
そして、天使のカンタレラという薬ネタでエロです。
強引なディアランですら、エロには持ち込めなかったのをシャルルはやりました（笑）
だけども…カンタレラで結ばれても、まだシャルルは不安なんですよねぇ。
そこがカンタレラの魔性な部分かもしれません。
幾らカンタレラであっても、その人そのものを独占はできないから。
心の闇の始まりです。
ほぼ私の萌えで構成されてるこの話。ツッコミどころ満載です。潜水艦に悪魔の鍵があるわけないじゃんとか
鈴影さんがすぐに天使のカンタレラを用意できたのかとかありますけれども、どうぞ目を瞑ってください。
破綻ぎみではありますが、お付き合いくださりありがとうございました。
http://homepage3.nifty.com/clavis13/fujimoto/nuitshoku.htm