「ブー、振られたって言えばピンポン」

切なげでいながら、それでもマミィは笑おうとしていた。

（どうしてそんな曖昧な笑い方をするの？　マミィ。哀しい時はオレにすがってよ。そうしたら
優しさで息もつけないほど甘やかして、甘やかして大切にするから…）

喉の手前まで出掛かった言葉を声にしたくて…でも出来なかった。

「万歳！！」

不安を吹き飛ばすように声を張り上げると、

「これ持って！！」

マミィに鞄を預け、そして両手でそのまま抱き上げると、困惑したままオレを見るマミィの
瞳がさらに深く色をなして、まなざしに吸い込まれそうになる。

「な、何っ…」

あの男に向けるような、眩しい顔をオレに君は見せたことがない。そしてオレの腕から逃れようと、マミィはもがいた。
でも、逃がさない。

「このまま学校に行くよ」

「えっ？」

どうしてそんな驚くような顔をするの？
こんなにも君が好きだってことを、今から証明するんだから。

「いーさ、見せ付けてやる。オレだけの恋人だぞ、オレだけののだぞ、いーだろっ！」

誰も手出しができないように、見せびらかせるんだ。

「もう…イツキったら」

そしてまたマミィは曖昧な笑みを浮かべて、でもオレの胸に身体を預けた。

マミィの感触を感じようとしたとたん、目が醒めた。

遠い昔の夢から。

「イツキ坊ちゃま、お目覚めでしょうか？　」

「ああ、入っていいよ。どうしたんだい？」

「瑞貴お嬢様が…」

執事の伊藤が血相を変えていた。

「何をそう慌ててるんだい？伊藤　」

目覚めたとたん、あわただしい現実に引き戻される。

最近落ち着いていたのに、やっぱり昨晩の親父の話がショックだったんだろうか？
瑞貴のヒステリーが再発したんだろうと思いをめぐらす。

だとしたら、伊藤では瑞貴を止められない。

「お嬢様がパリに行くといって荷物をまとめてらっしゃって…」

予想だにしない返事が戻ってきた。

「ハァ？　」

いきなりパリとはね…

「どうかお止めくださるよう、坊ちゃんからおっしゃってくださいませ。私どもでは…お嬢様を
お止めできません」

慌てて瑞貴のいる棟へと向かうと、金ぎり声で何事かを言いわめいている瑞貴の声が聞こえてきた。

「放っておいて頂戴」

部屋に入ると、メイドたちがおろおろしているその中心で、瑞貴は荷物をスーツケースに詰めていた。

「瑞貴、よさないか。皆困っているじゃないか」

と、言うと、瑞貴のせわしなく動いていた手が止まり、視線をまっすぐオレに向けてきた。

「まさか、私がいないほうが清々するんじゃないの？」

と、呟いて、再度荷物を詰めだした。

これは、根が深い。

「皆　下がっていいよ。後はオレにまかせて」

メイドたちが下がったのを確認してから、オレは瑞貴に問い掛けた。

「親父の再婚の話が気に入らないのか？」

「いつから兄さんは父さんのパシリになったの？　止めても無駄よ」

今にも噛みつきそうな犬の狂暴さで、オレを睨みつける瑞貴。

「オレが？　冗談じゃない。　それに親父に言っても聞く耳を持たない」

「だからって、素直に承服なんてできないわ。しばらく日本には帰らないつもり。まだ母さんの３周忌
すら終えてないのに…やっぱりあの人は、非道な人ね。ちっとも私達の気持ちなど考えないし…
自分さえよければそれでいいんだわ。ああ、兄さん誤解しないで頂戴。新しい二人が不服なんじゃない。
ただ私が許せないだけだから」

身勝手すぎる父親には、もう今はなんの感情すら湧きあがらない。
だが瑞貴には、まだまだ許せない気持ちのほうが強いんだろう。

「瑞貴…おまえの気持ちはわからないわけじゃない。だけど、芹沢に入る二人には何の罪もない。笑って
迎えてあげようじゃないか」

「笑ってですって？　無理よ。兄さんのように作り笑いなんて出来ないもの」

痛いところを瑞貴は突く。

「作っているつもりはないよ」

そう、作ってはいない。

律しているだけ。

「誤魔化してもダメよ。　兄さんは、優しくすることで報われようとしているけれど、　私は報われない
どうあがいても、兄妹という事実は変えられないんですもの。このままここでいたら、私はずっと
マートを思い出し続けてしまう。禁を犯してしまっても彼を求めて……新潟にまで追いかけて行きそうで」

瑞貴なりの我慢も限界ということなのだろうか？　
不器用すぎる瑞貴が神経をすり減らしながら、それでも思い留まろうとしている。

「優しさを隠れ蓑にして本心を隠してても、私には分かる。兄さんは予定調和でいれば
いいんでしょう？兄さんが望んでいるんだから、私は目を瞑って騙されてあげる。これで
芹沢の家は安泰だし。丸く収まるんだから、今度は私の言い分も聞いてくれたっていいじゃないの！！」

瑞貴のヒステリーは頂点に達していた。

鋭すぎる瑞貴の感受性は、時に暴発を繰り返す。
でも、瑞貴…

すると、瞬く間に瑞貴の瞳から、ホロホロと涙が溢れていた。

「この２年間、ずっとマートのことを諦めようと努力したわ。でもどうしても出来ないの。
なのに、父さんは新しい女にうつつを抜かして…こんな不公平。どうして私達だけ」

想っても想っても、遂げられない恋だから。

そっと瑞貴の背中に手を廻し、あやすようにさすってやる。

「お前がそこまで追い詰められているとは知らなかった。悪かった瑞貴」

同じ血を持つからこそ、思いつめ方すら一緒だ。

「…ごめんなさい。私言い過ぎたわ。でも、ここにいたら私が潰れてしまう。だから私は
パリに行く。遠く離れた場所にさえいれば、きっとマートを忘れられるから…」

瑞貴は立ち直ろうと足掻いている。このままここでいるよりもいいかもしれない。

「わかった。もう何も言わないよ。父さんにも口添えしてやる。それでいいだろう？」

いつまでもオレは動けないままだ。

瑞貴がパリに旅立ち、屋敷にたった一人取り残されたオレは、また夢を見る。

「ああ、下むいたら駄目。……寝て。ほら、そこに寝るの。早く」

マミィが心配そうに覗きこんで、オレの頭を持ち上げて自分の膝に置いて、

「口で息をするの。大丈夫　すぐとまるから」

そっとオレの鼻にマミィの指が触れて…

優しくなだめるような手に抱かれて、温かく柔らかな膝の上こそが、オレの世界。

ここで告白しなくても私はイツキが大好きです。　ロマンスパンの彼に胸をときめかせ、さくらんぼ聖書の
イツキの寝言に同調して読みながら涙を零していました。　　もうついでに申し上げますと、私、マミィと
イツキのカップリング支持者です。(マイナー道まっしぐらですが、私はマイナーであれば燃える）
でも、絶対イツキはマミィとは結ばれなさそうですねぇ（涙）

夢で応える世界にどっぷりとイツキはハマっているように思えました。べべちゃんに看病されているときに、思わず口走るマミィの名
ここの文章は、イツキのマミィに対する想いがダイレクトに現れていて、それだけマミィを愛しているのに告げられない想いを抱いて、タバコ吸うイツキが泣けます。　（また新たに読み直して、泣いたし）

同じ思いを共有している瑞貴がいなくなって、かなり不安定になっているだろうなぁと、いつものように
勝手に創作したわけですが、瑞貴とイツキは兄妹であって実は戦友みたいな同志的匂いを漂わせているなぁという気がします。

瑞貴ちゃんは嫌われ者（まあ、あのシャルルに過保護にされてるしねぇ　仕方ないか）ですけれど、ちゃんと見据える目も持っているお嬢様で、でも自分を操る術を知らない可愛い女なのです。そんな女が妹なら
メロになるだろうし、いなくなれば精神も不安定になるだろうなという私の直感でこの話は出来てます。

でも根本ではイツキはマミィに対する想いを解決できません。
それゆえに縛られているんだろうなぁと思うんですが、また夢だからこそ都合のいいマミィも見られる
わけでして、そこのマミィは誰がなんと言おうとイツキの女ですからね。

縛られるという言葉はマイナスのイメージが付き纏いますけれど、縛られる幸せというのもあるのでは？
とも思います。後ろ向きだと批判もされましょうが、結構これでイツキは救われているかなぁと。

ああ、切ないなぁ…　届かない想いってのは。