笑顔で言われ、降り立って見ると目の前にはいくつもの倉庫が連なっていた。
辺りにはひとけはなく、静寂があった。

「何、ここ？」

言うと、エリックは優しげな瞳で見てから、あたしの背中を押した。

「いいから、入って」

中に入ると薄暗く、しめったにおいがして、どう見ても今は使われていないようなかんじだった。
側にあった古びたイスにあたしを座らせ、エリックはあたしの目線にあわせて、かがんだ。

「ごめん、こんな所に連れ出して。実はさ、どうしても言いたい事があって」

せつなそうにあたしを見、茶色の瞳の色がしだいに深くなっていった。
エリックはあたしに何を言い出すのか、急に不安になった。

それは今いる場所と、彼の真剣な表情がもたらしているものだった。

一度うつむいてから、ためらうようにエリックは口にした。

「言いたい事って言うのは・・・・・・この前君は彼氏がいるって言ったよね。それを聞いて僕は急に
胸が締め付けられたんだ。あの後、ずっと君の事ばかり考えていた。そしてわかったんだよ、
この気持ちが恋だってことに。僕は君が・・・・・・マリナ、君が好きなんだ」

思いをぶつけるように言うエリックに、あたしは激しく動揺した。

急にこんなことを言うとは思わなかったから。

だって、エリックは恵さんが好きだったんじゃないの？
あたしに似ている恵さんにあたしを重ねているんじゃないの？

前に言ったじゃない、あたしと重ねたりしないって。
急に悲しくなってきた。

「何言ってるのよ、エリック。あんたはあたしにそっくりな恵さんを重ねてみているだけだわ。
あんたはあたしを好きなんじゃない。あんたは恵さんの面影をあたしに見ているんだわ」

さとすように言うと、彼はじりじりとあたしに近寄ってきた。

「そんなことはないよ。僕は恵じゃなく、マリナ君を見ている。君が好きなんだよ」

憂いをおびた眼差しをし、あたしの髪にゆっくりとふれた。

「やめてよ」

手をはらいどけると、

「やめない、君に触れていたい」

はなした手があたしの顎に触れ、いきなり自分のほうにむかせてキスしようとした。

えっ！！

あたしは間一髪で横に向いて叫んだ。

「ちょっと急になにすんのよっ！！　あたしには好きな人がいるって言ったでしょ。お願いだからやめて！！　
あたしはあんたを嫌いになりたくないのよっ！！」

言ってもエリックはすがるようにあたしを見つづけ、耳元でささやいた。

「好きな人がいてもかまわない。それでもだめかい？」

当たり前だ、あたしはシャルル以外の人は好きにならない。
しかもこんなに強引に自分の気持ちを押し付けるなんて、ひどすぎる。

「だめよ、好きな人が一番だから。彼以外の人は好きにはならない。絶対に」

冷静に言うと、急にエリックの顔が真顔になり冷ややかな笑みを浮かべた。

「どうしても？」

「どうしてもよっ！！」

するとあたしを斜めに見て、急にクッと笑い出した。
薄い唇からは押し殺しすような笑い声がもれて、身の毛がよだった。
何がおかしいのか、わからないほどに。

「好きな人が一番か・・・・・・」

つぶやいてから凍るような視線を投げた。

「シャルル・ドゥ・アルディのことかい？」

言って唇を曲げた。
突然、エリックの口からシャルルの名前が出てくるのが驚いた。

なんで、なんで知ってるのよ・・・・・・

シャルルと付き合ってるって一度も口にしたことがないのに。
どうしてシャルルの名前を・・・・・・

あたしが呆然としていると、エリックはあたしの耳元でささやきはじめた。

「シャルルなんてよせよ。僕の方がずっと君を愛している。あんな天才、何を考えているのか
わからないよ。このまま君は彼と付き合っていくと、疲れていき壊れてしまうんじゃないかと心配だ。
シャルルよりも僕の方が君にふさわしいと思う」

言って、あたしの頬に唇をよせてきた。
必死に手でエリックの肩を押さえ、大声でわめいた。

「やめてよ、エリック！！　なんでよ！！　なんでシャルルの事を知ってるのよっ！！」

そう言うと、エリックはふっとあたしから離れ、静かに口にした。

「知ってるよ、ずっと前からね・・・・・・　なんであいつの方が僕より勝っているんだ？　金持ちだからか？
天才だからか？　顔がいいからか？女はすぐにあいつの外見に騙されるんだよ」

その言い方はシャルルの憎悪が溢れていて驚愕した。

シャルルと一体何があったの？
シャルルはエリックの事を知っているのだろうか？

あたしに背を向けてバッグを開け、ロープを取り出しているのが見えあたしは目を見張った。

何！！
そのロープでどうするのよ！！

何をされるのか怖くなり、立ち上がって逃げだそうとした。
だが、彼はすぐにあたしの行動に気づき、強く腕をつかまれた。
そしてあたしの両腕をねじりあげ、後ろにもっていき、すばやくしばられた。

あたしは必死にもがいて、何度も走って逃げようとしたがすぐに捕まり、しまいには両足も縛られ
イスに固定されてしまった。

どうしよう！！
何をするつもりなの！！

突然の彼の豹変に、恐ろしさで血の気がひいていった。

「エリック、ほどいてよっ！！　エリック！！」

何度叫んでもエリックはあたしの呼びかけには答えてくれず、しゃがみこんでいた。
バッグに入ってあった紙袋から箱を取り出した。

その箱は、何本かの電線がでていて、中央には画面のようになっていた。
あたしにはそれが何なのかわからなかった。

エリックは無表情にセットしていき、あたしの体に電線をつけていった。
あまりにもの恐ろしさに、あたしは震えるような声で尋ねた。

「どうして、どうしてこんなことするの？　何をするつもりなの？　ねぇ、エリック！　答えてよっ！！」

なおもまだ無表情な顔で、手を休めずにエリックは言った。

「シャルル・ドゥ・アルディは僕の最愛の人を奪ったからだよ。僕は彼女を心から好きで、将来は結婚の
約束もしていた。だけど幸せな日々は長くは続かなかった。いきなりシャルルを愛していると僕に言い、
一方的な思いだけど、このまま僕と付き合っていくわけにはいかないから、別れて欲しいと頼んできた
んだ。僕は別れたくなかった。ついこの前まで僕の事が好きだって言ったのに、あれは嘘だったのかと
責めたよ。でも彼女はごめんなさいと謝るばかりだ。そしてつい我を忘れて、殺ってしまった。
人を殺すのは初めてだ。普通だったら、悔い改めるだろうがそんな気持ちは起こらなかった。
不思議な事に彼女を失ってしまった悲しさより、憎しみのほうが勝っていたんだ。
それで僕はこの憎しみを消すために、同じ思いをシャルルに味わってもらわないといけないと思ったんだ。
当然だろ？　シャルルは僕から彼女を奪ったんだからね。
そして僕は計画したんだ。シャルルから大切なもの、つまり君を奪ってやろうとね。いつ君と親しくなろうか
機会を伺いながら、後をつけていた。知ってる人に似ていると言って近づいて親しくなり、君の心がなびく
ようにした。だけど、君はなかなか僕の事を愛してはくれなかったね」

そこで言葉を切って、さっきの箱のスイッチを押すと、ディスプレイの時計が動きはじめた。
それを見て、やっとこの箱がなんだかわかった。

これは・・・・・・。
時限爆弾装置だというのを・・・・・・。

「これは最終手段に考えていたものなんだ。本当なら使いたくなかった。
君が悪いんだよ、マリナ。君がシャルルよりも僕を愛してくれてればそこで、僕の復讐は終わったんだ。
これは見てわかると思うけど時限爆弾だ・・・・・・僕はねこう見えても割と頭がいいほうなんだよ。ま、
君の彼氏のように天才とまではいかないけどね。大学はもうとっくに飛び級で卒業して研究員として働いて
いたんだ。まさかこの知識がここで役に立つとは思わなかったけどね。
さてと、そろそろシャルルに連絡をとろうか・・・・・・君が危険な目にあっていると言えば、血相を変えて
飛んでくるだろうよ」

そこで言葉をきって、うすら笑いをうかべた。

「君にセットした時限爆弾は一時間で爆発するように設定してある、君の体にはりめぐらしているからね、
君がイスから立ち上がる行動を起こすと、一時間が来る前にあっけなく爆発するということを心得てほしい。
アルディ家から、ここまでの所要時間は一時間だ。マリナちゃんちょうどいい機会だよ。彼の君への愛情を
試せるよ。一時間より早く彼がここに来た場合は、君の事を大事に思っているとね。
だけど、どんなに早くてもせいぜい５分前だろう。それ以上は早く来る事は不可能だからね。
５分前に来たとしても、その短い時間で解除は無理だ。たとえ天才でも不可能はあるんだよ。
そして、君と、君を助ける事が出来なかった彼は、爆発に巻き込まれて全てが終わる」

満足気な笑みを見て、あたしはこれほどまでの恐怖を感じたのは初めてだった。

あと、一時間で爆発なんて・・・・・・
シャルルと一緒に死んでしまうなんて・・・・・・
どうしたら、どうしたらいいのか、わからない・・・・・・

だけど、だけどあたしは彼を落ち着かせようと、精いっぱいのことを言った。

「エリックお願いだから考え直して、あんたはそんな人じゃないはずよ。あたしに言ったじゃない、
いろんな苦労をしたけどいい経験になったって、人の痛みをわかる人間になっていったって、
言ったじゃないの！　恵さんだってこんな姿見たくないはずよ！」

あたしの気持ちをわかってほしくて、一生懸命に彼の心に響くように言った。
だけどエリックは髪を軽くかきあげて、冷ややかにあたしを見た。

「僕の何がわかるんだい、マリナちゃん。あれは全部作り話だ。君が恵に似ているのも、
恵という女性そのものも、全部嘘だよ。苦労の何がいい経験なものか、辛い経験は人を良い方にも
悪い方にも変えてゆくんだよ。だいたい君と僕はほんの少ししか会ってないんだぜ、それで僕の何が
わかる？　ん？」

あたしは口をつぐんだ。

全部、嘘だったんだ、あたしに言った事は嘘だったんだ・・・・・・。

「シャルルがここに到着した頃には、二人そろって爆発だ。それで僕の憎しみはやっと終わる、
終わるんだ・・・・・・」

「あたしとシャルルを殺したからって、憎しみはおさまらないわ！！」

そう金切り声をあげると、エリックは奇麗すぎる笑みを浮かべた。

「おさまるかどうかは、やってみないとわからない」

狂ってる・・・・・・。
もう何を言っても無駄かもしれない・・・・・・。

「さてと、アルディ家に電話でもするか・・・・・・シャルルの一日の行動を把握してあるからね、きっと
今の時間は執務室で仕事中だ」

そう言いながら、自分の携帯でダイヤルしていった。

「ああ、もしもし。シャルル・ドゥ・アルディを頼む。もちろん簡単に電話でとりついでもらえるとは
思ってはいないよ。だけどマリナを預かっていると言えば、すぐに話させてもらえるのかな？」

言って数秒。

「ああ、シャルルか。僕は君を良く知ってるけど、君から言わせればはじめましてだね。
君の大事なマリナちゃんを預かってるんだ、場所は今から言うからメモしてくれ。急いでくるんだぜ、
なぜなら早くこないと彼女の息は絶えてしまうからな」

あたしからはシャルルの声は聞こえなく、ただ最後に叩き付けるような、受話器を置く音が聞こえた
だけだった。

エリックは、浅く笑った。

「すごい慌てぶりだったよ、さて、彼はどのくらいでここにたどり着くんだろうね？」

エリックは自らの荷物をバッグにつめ、周りを片付けていた。

「マリナちゃん今までどうも有り難う。僕を主役にマンガを作るって言ってたスケッチは無駄になって
しまったね。君のマンガ見たかったのに、残念だよ」

そして荷物を持ち扉の方に歩きはじめ、重い扉を両手で開けてから肩越しに振り返った。
エリックの顔に影ができ、

「明日のニュース楽しみにしてるよ」

言って出て行き、扉をしめた。
その間、時間は進む一方。

どうしよう、シャルルがここに来る前になんとかしなきゃ。
まだ死にたくないし、シャルルをまきぞえにしたくない。
でも、どうしていいのかわからなかった。

だって、もしあたしが逃げようとして動き出せば、この時限爆弾は一時間が来るよりも早く、爆発してしまう。

動けない・・・・・・。

冷や汗がたらりと流れて、口の中もからからになった。
あたしは指先まで神経をはりつめていた。

身動きが出来ないなんて、こんなに辛いとは思わなかった。
爆弾の時計を見ると、爆発まであと１６分だった。

シャルルはここに来るのだろうか？

もし間に合ったとしても、二人で爆発なんて・・・・・・そんなのやだ。

また死にたくない・・・・・・。

爆発まで１５分、と表示を変えた瞬間、バンと激しい音がして、扉が開き風があたしの頬を突っ切った。
風のくる方向に目をやると、シャルルがいた。
あらあらしく肩を上下に動かして呼吸をし、冷ややかな目には敵意がみなぎっていた。
そしてものすごい速さで、あたしの方に走ってきながら叫んだ。

「マリナ！！」

すごい、こんなに早く来てくれるなんて。
あたしが思わず目を見張っていると、シャルルは一瞬にして、今の状況を見極めたらしく、あたしの側に
より装置に触れた。

「待ってろ、すぐに解除するから」

まだ激しい呼吸をしながら、いらただしく乱れた髪をかきあげた。
細い指で装置の箱を慎重に開けると、数々の配線がからみあっていて、シャルルのブルーグレーの瞳に
影がよぎり、軽く舌打ちした。

「ずいぶん、複雑に作ってくれたな・・・・・・」

そう言ってシャルルの額にうっすらと汗をにじませながら、いくつもの複雑な線を慎重に外していった。
その間、あたしに出来る事は、静かに見守るだけだった。

シャルルを信じるしかないと・・・・・・。

でもその間も、時間はこくこくと過ぎていき、爆発まであと３分をきった。
線は半分以上はずされていったが、全部の線を残り３分で外せるのは容易でないのを感じた。

あと３分・・・・・・。

もうだめだ、このままだとシャルルまで一緒に死んでしまう。
あたし一人でたくさんだ。

それは非常に怖いものだったけど、あたしにはシャルルを失いたくない気持ちのほうが強かった。
あたしは覚悟を決め、息をのみシャルルに静かに言った。

「シャルル・・・・・・もういい、間に合わない。あたしの事はいいから逃げて」

するとシャルルは勢い良く顔をあげ、振り乱した髪を頬にまとわせながら叫んだ。

「君をおいて逃げられるか！！」

冷ややかな瞳に熱い気迫を感じ、あたしは黙りこくった。
なんとしてでもあたしを助けるというのを感じたから・・・・・・。

シャルル・・・・・・。

ごめんね、あたしがちゃんとしていなかったばっかりに。
あと2分半。

無情にも時間はすぎてゆくばかりだった。

カチカチという時間を刻む音と、シャルルとあたしの息遣いがやけに耳についた。

その時シャルルは作業していた手をピタリと止めて、視線を装置からはずさずに、落ち着いた声で言った。

「マリナ、赤と白どっちがいい？」

何のことかわからなかった。

「えっ？」

するとうつむいてた顔をあげ、あたしの目をじっと見据え、こんな時にも関わらず。怖いぐらい穏やかに
口を開いた。

「最後の線、切断するのがどちらか、わからないように作られている」

ええっ！！
そんな！！

二つのうちの、どちらかだってことでしょ。

あたしはカウントされる数字を見ながら、一生懸命に考えた。

赤にするか、白にするか、その判断を間違えれば一瞬にして爆発だ。
赤にしよう・・・・・・いや、白に・・・・・・白にする！
つばを飲み込んでから、答えた。

「白にする」

怖い、怖いよ。
あと1分。

シャルルはわかったと軽く肯いて、甘い光をブルーグレーの瞳に宿し、せつなくなるほどきれいに微笑した。

「吹き飛ばされる時は、一緒だ」

言って、細くて長い指で、白の線をプツリと切った。

と、同時にあたしは目をギュッと閉じた。

どうか、お願いっ！！
助かりますように！！

何秒かたち、恐る恐る目を開けると、時間を刻む時計は止まっていた。

ああ・・・・・・。
良かった・・・・・・本当に良かった・・・・・・。

いくつもの涙が自然に頬を伝っていた。
あまりにもの恐怖で、体を動かす事ができず、脱力感が襲った。

いつも冷静なシャルルも今回ばかりは、大きくため息をついてから天井をあおいでいた。
そして、あたしに目を流し、ものすごい力であたしは抱きしめられ
あたしは瞬時にシャルルの腕の中。

ただ二人とも抱きしめあいながら、しばらくの時を過ごした。
お互いに生きている事を確認しあうように、ただ抱き合っていた。

やがて、シャルルはあたしを抱きしめる腕の力を弱め、あたしから離れたとたん、青灰色の瞳が
一瞬光った。

そしてぎろっと、くうを睨み、叩き付けるように言った。

「あいつ、ただじゃおかない！！」

それからあたしたちはアルディ家に戻り、すぐに警察を呼んでエリックを調べてもらう事にしたのだ。

シャルルが席を外している部屋に、あたしは柔らかすぎず、硬すぎないソファに座っていると、ノックの
音がした。

あたしは短く返事をしてから、静かに開いたドアから入ってくる懐かしい人を見た。
浅黒い肌に、アーモンド色の長い髪、そして黒い瞳。

なんと、カークだったのよっ！！
ああ、懐かしいっ！！

人懐こい笑顔をあたしに向け言った。

「久しぶり、マリナ」

カークがそう言ったとたん、あたしは思わず立ち上がり、カークに駆け寄り、抱き着いた。

「ああ、カーク！！　ほんと久しぶりねっ、会いたかったわっ！！」

嬉しい気持ちを押さえ切れずにそう言うと、相変わらずカークは顔を一気に真っ赤にして、口元を手で
押さえた。