あるところに、まりな姫というお姫さまがおりました。
彼女はとても明るく、優しく、美しく、みんなが彼女を愛しました。

彼女が愛しているのは、お城の騎士であるナイト・カズヤでした。

ナイト・カズヤとまりな姫はとても仲良しで、いつか結婚しようね、と約束し、
とても幸福にくらしていました。

ところが、まりな姫の国は経済危機に陥り、隣のアルディ王国に助けを求めることになりました。

しかし、アルディ王国では自分の国の領土を広くしたいと思っていましたので、自分の国の王子さまと
まりな姫を結婚させて、ふたつの国をひとつとするなら助けてあげてもいいという条件をつけました。
国民を守るためです。仕方ありません。まりな姫はアルディ王国の王子さまと結婚しようと決めました。

ナイト・カズヤはとても悲しみました。まりな姫も悲しみました。

でも、ふたりはお別れしなくてはなりませんでした。

いつもふたりで会っていたお城の中庭で、アルディ王国のお妃になっても、ふたりの愛は
永遠だからと、誓いました。

まりな姫はアルディ王国の王子さまと婚約パーティではじめて顔を合わせました。

「はじめまして。シャルル王子です。まりな姫。」

まりな姫はおどろきました。シャルル王子はそれはそれは美しく、月のようにしなやかで、優雅でした。
ほんとうはシャルル王子は、まりな姫の国でも知らない人がいないくらい人気者だったのですが、
まりな姫はナイト・カズヤに夢中だったので、他の人のことを全然しらなかったのです。

シャルル王子も、幼い頃、母を亡くし、アルディ王国の厳しい重臣たちにしつけられたため、
かなりひねくれて育ち、他人に興味をもっていなかったので、まりな姫を知りませんでした。

シャルル王子は、まりな姫の美しさに驚きました。まりな姫は、無知そうで、お姫さまのわりには
洗練された優雅な仕草を持っていませんでしたが、なんというか太陽のように温かい優しいオーラを
放つ笑顔をもっていて、それが美しさとして彩られていたのです。

ふたりは恋におちました。
まりな姫は、シャルル王子と結婚することになってすごく嬉しいと思いました。
この人と一生一緒にいられるのね、幸せだわ。と感じたのです。

まりな姫はうっかりしていました。

まりな姫にはナイト・カズヤがいたのでした。
ナイト・カズヤとは政略結婚だからという理由で別れたのに、シャルル王子にひとめ惚れしました
とは言えません。
まりな姫は困ってしまいした。

一方、シャルル王子は賢く、状況を把握する力をもっていましたので、まりな姫本人の顔を知らなくても、
まりな姫が、国民のためにナイト・カズヤと別れたことは知っていました。だから、まりな姫が自分が
好きではないのに結婚するんだと思っていました。

せっかくふたりは恋におちたのに、お互いにそのことは言えず、政略結婚として、もうすぐ結婚する
ことになったのです。

どうしよう、どうしよう。

まりな姫は悩んでいました。ナイト・カズヤとの約束です。

永遠の愛を誓ったのに、シャルル王子を好きになってしまいました。
結婚の準備として、アルディ王国のお城に住むことになり、シャルル王子の暮らしぶりを見ていて、
どんどんシャルル王子を好きになっていく自分に気づいたのです。

彼は孤独な人でした。その孤独に隠れて見えにくいのですが、繊細でロマンチストで、正直で優しい
人だと、まりな姫の目には見えました。

それに、まりな姫の心配はもうひとつありました。この結婚は、シャルル王子にとっても政略結婚です。
あたり前のような顔をしていますが、きっと、国のために自分を犠牲にしているはずです。シャルル王子
にも、自分にとってのナイト・カズヤのように心に決めていた人がいるのかもしれないのです。

そう考えると、なぜだか心にすきま風のような冷たい空気が流れました。

ある日、シャルル王子が仕事をしていると、まりな姫がお茶に誘ってきました。
ついていくと、彼女「抹茶」という飲み物を作ってくれました。この抹茶はシャルル王子の好きな
飲み物なのですが、めずらしいもので、遠くに行かないと手に入りませんし、作り方も難しいのです。

シャルル王子の気にいられようと、彼のために何かしようとする人はたくさんいました。シャルル王子の傍にいると、
たとえば自分の名誉になるとか、自分の好きな人の仕事に有利になるとか、その恩恵を受けることができるからです。

でも、まりな姫はシャルル王子に気に入られる必要はありません。政略結婚が決まっているのですから。

「どうして、抹茶を？」

シャルル王子は聞きました。

「え？召使いの人に聞いたの、シャルル王子が抹茶を好きだって。ちがったのかしら？」

「ちがわないけど、なぜ？」

まりな姫はホッとしました。

「じゃあ、良かった。飲んで。シャルル王子って偉いのね、いっぱい仕事して、難しい問題を解決して。
疲れているでしょう？」

「どうやって、抹茶を手に入れた？君が作ったのか？」

抹茶を目の前にして、シャルル王子は聞きました。

「探しに行ったのよ。泊まりにがけになっちゃって、身代わりにおいておいた子がすごく怒ってたわ。
でも、バレなかったんだから、すごいでしょ。作り方は現地の人が教えてくれたの。ちゃんと練習した
から大丈夫よ。手が痙攣しそうになっちゃったけどね。」

抹茶がある国は、国とはとてもいえないような辺境の地にあるのです。

（何のためにそこまでするのだろう、彼女は。）

そう思いながら、シャルル王子は抹茶をごくっと飲みました。

「おいしい？」

まりな姫は心配そうに聞きます。

「うん。」

シャルル王子が一言いうと、婚約パーティのとき、シャルル王子が好きになったあの太陽のような
笑顔で彼女は笑いました。

「よかった。おかわりは？」

ああ、オレのためだ。

シャルル王子の（何のために？）という疑問はすんなり解けました。

まりな姫は、シャルル王子のために遠くの地に抹茶を探しに行き、シャルル王子のために作り方を
練習し、彼に飲ませたのです。

まりな姫の行動は、心に正直でした。
まりな姫はシンプルに生きていました。
シャルル王子は、まりな姫をとてもとても深く愛しました。感謝と尊敬と、それから生物の本能を持って。

もうすぐ結婚式です。

まりな姫は決意しました。

ナイト・カズヤに本当のことを言わなくてはいけません。シャルル王子を好きになってしまったことを
伝えなくてはいけません。
そうしないと、この結婚はまりな姫の心の中で、いつわりの結婚になっていまいます。

まりな姫は、シャルル王子に言いました。

「結婚式の前にちょっとだけ、前のお城にかえってもいい？」

シャルル王子は答えました。

「だめ。」

そんな答えを予想していなかったまりな姫は、驚きました。

「どうしてだめなの？」

「政略結婚とはそういうものだ。」

シャルル王子はどうして自分がそんなことを言うのか、わからないまま言っていました。

まりな姫は以前、シャルル王子の抹茶のために、身代わりをたててお城をぬけだしたことがあるのです。
だめだといっても、お城を抜け出すぐらい彼女にはできるということをわかっているのに。

まりな姫は悲しくなりました。

それはシャルル王子が「政略結婚」と言ったからです。やっぱり自分に興味などなく、国のために結婚するのだと
言われたような気がしました。

でも、まりな姫はポジティブシンキングの人だったので、たとえ、今は政略結婚でも、いつか
シャルル王子に好きになってもらえるように、がんばろうと思いました。

そして、そう思うのですから、やはりナイト・カズヤと話をしなくては、と心に強く決めました。
たとえ、シャルル王子にだめと言われても。

まりな姫はこっそりナイト・カズヤに手紙を書きました。

話したいことがあるから、いつもの中庭で今夜会いましょう、と。
そして、アルディ王国のお城を抜け出しました。

月のきれいな夜でした。暗い中庭に、月の光が差して、一人の人物を照らしています。
ナイト・カズヤです。

「会いたかった！まりな姫。」

ナイト・カズヤは以前のまま、まりな姫を愛していました。アルディ王国のお城でまりな姫が悲しい
思いをしていないか、その心配ばかりしています。

まりな姫は、シャルル王子のことを言い出しかねました。
ふたりの愛は永遠だからと誓ったのは、この庭だったのです。

一瞬、月の光が途切れたような気がしました。

ナイト・カズヤとまりな姫がふりかえると、そこには、シャルル王子がいました。

「シャルル王子！」

まりな姫はおどろいてその名を呼びましたが、シャルル王子は彼女を無視して、ナイト・カズヤに
話しかけました。

「人のフィアンセと真夜中のデートとはいい度胸だな。」

まりな姫は状況を忘れて、一瞬喜んでしまいました。

人のフィアンセ・・・フィアンセ・・・どうしてこんなに嬉しい感じがするのかしら。

しかし、次の瞬間、まりな姫のそんな思いもふっとんでしまいました。

シャルル王子が、剣をもち、そのうちの一本をナイト・カズヤの足もとに投げたのです。
もちろん、決闘を意味しています。

「まって！」

まりな姫は必死で止めました。
でもナイト・カズヤは受けてしまいました。

カキン、カキンと剣を交える音が静かな夜に響きました。
意外にも、騎士であるナイト・カズヤより、シャルル王子が優勢でした。


「やめて！」

まりな姫は怖くて仕方がありません。

「それは無理だ！この中庭で、ぼくらは永遠の愛を誓ったんだ。たとえ死んでも、ここでは引けない！」

ナイト・カズヤが叫び返しました。

ざく・・・。

傷ついたのは、シャルル王子の方でした。
ナイト・カズヤの剣が、シャルル王子の左肩を刺しました。

「君の勝ちだね。さて、どうする？政略結婚は必要だ、国民のために。しかし、君たちは永遠の愛を誓い、オレに勝った。
そこで提案なのだが、友好条約という道に変えないか？次にアルディ王国に何かあったときには、まりな姫、君の国は
どんなことがあってもアルディ王国を助けなければならない。友好というには厳しいがそれくらいの条件は必要だ。そうする
ようにオレは重臣たちを説得しよう。どうだい？！」

傷口を押さえることもせずに、シャルル王子は言いました。

まりな姫は怖くて、悲しくて涙が止まりませんでした。できれば気絶したいと思いました。
でも、物語のお姫様のように都合よく気絶なんてできませんでした。

「傷の手当てを！」

まりな姫はシャルル王子に向かって走りました。

「オレの言うことをきかなかったね、まりな姫。だめだと言ったのに。」

お城をでてはいけないと言われていたのに、ここへナイト・カズヤを誘ったのはまりな姫です。
まりな姫はそれ以上近づけませんでした。
シャルル王子がとても怒っているように感じたからです。

シャルル王子は、ナイト・カズヤがまりな姫と永遠の愛を誓ったと叫んだときに、自分の負けを決めました。

まりな姫が好きだという噂のナイト・カズヤについて、実はひそかに調べていたのです。とても好評な
青年でした。そして、今日剣を交えてみて、強く情熱的な信頼できる騎士だと思いました。

まりな姫が決闘を怖がっているのもわかりました。

自分が仕掛けたのですから、自分で終わらせなくてはいけません。ふたりの幸福をじゃまする権利は
ないと感じたのです。

ナイト・カズヤは、まりな姫を愛していました。

でも、剣を交えたとき、シャルル王子の潔癖さや優しさを感じることができました。シャルル王子も
まりな姫を愛しているのではないかと気づいたのです。
そして、まりな姫が自分をここに呼んだ理由を考えつきました。

そこで、ナイト・カズヤは立ち去ろうとするシャルル王子に向かっていいました。

「あなたは、誰かを愛したことはありますか？」

シャルル王子は、月の光に照らされながら、振り返り、

「ああ、あるよ。」

と、微笑みました。
ふわっと花が咲くような、はかなく、美しい微笑みでした。
そしてもう振り返らず、アルディ王国へ戻っていきました。

シャルル王子はまりな姫の幸福のために身をひき、まりな姫はシャルル王子のために、まさにナイト・カズヤと別れよう
としているのです。ふたりはお互いのことを思いすぎて、すれちがってしまっていました。

ナイト・カズヤはまりな姫が好きでした。だから幸せになってもらいたいと思いました。

でも、どうやら、シャルル王子のことも嫌いじゃないようです。

「どうする？」

ナイト・カズヤはまりな姫に聞きました。

まりな姫は泣きそうになっていました。シャルル王子が好きな人がいるようなことを言っていたからです。

「どうもこうもないわ。もうアルディ王国には行けないわ。だけど、ナイト・カズヤ、あなたに言わなくちゃいけないことが
あるのよ。そのために、わたし、来たの。」

ナイト・カズヤは、まりな姫が言いたいことがわかっていました。

「ねえ、まりな姫。まりな姫の言いたいこと、わかるんだ。オレ。まりな姫のことばかり考えているからね、想像つくんだよ。
でね、オレのまりな姫への思いはやっぱり永遠なんだ。それは、多分、まりな姫が誰を好きになってもかわらないんだ。
だから、永遠の愛の取り消しはしないよ。追加をしよう。」

まりな姫がきょとんとしていると、ナイト・カズヤは月に向かって、剣を持ち、誓いの言葉を唱えました。

「ナイト・カズヤは、まりな姫を永遠に愛することを誓う。そして、まりな姫の幸福を願う。
家族の愛をもって。」

「家族の愛？」

「うん。兄のように、父のように。まりな姫の幸福をあの王子様の幸福ごと、願うよ。」

「ナイト・カズヤ！」

まりな姫はナイト・カズヤに抱きつきました。

ナイト・カズヤはまりな姫の背中を、ポンポンとやさしく叩き、シャルル王子に意地悪されたら
いつでもかえっておいで、と言い添えました。

「ありがとう。ナイト・カズヤ。だけど、無理なことがひとつあるわ。聞いたでしょう？シャルル王子は
結婚を破棄したのよ。愛してる人がいるのよ。」

「そう？じゃあ、その人とまりな姫を交換しようってオレが言ってたって伝えて。」

まりな姫にはナイト・カズヤの言っていることがわかりませんでした。

「何いってるの？好きな人を交換なんてできるわけないじゃないの。」

「うん。ちがう人だったらね。」

その言葉に、まりな姫はシャルル王子が愛しているといったのは、自分のことだと思い当たりました。

「ナイト・カズヤ、それ本当？」

「本人に聞いてみなよ。君の勇気はいつも脱帽ものだ。君なら聞けるだろう。さあ、お行き。」

ナイト・カズヤに背中を押され、まりな姫はアルディ王国に向かって歩き出しました。

シャルル王子は寝室で、ナイト・カズヤにつけられた傷の手当てをしていました。
医者としての勉強もしていたので、自分で傷口を縫い、消毒をしました。
そして、ベッドに横になった時でした。誰かが、ベッドに近づいてきます。
身を起こしたシャルル王子は驚きましました。それはまりな姫でした。

「君は記憶喪失にでもなったのか？おまけにどうやって入ったんだ？」

シャルル王子の部屋には夜でも警備がついているはずでした。

「何も言わずに通してくれたわ。だって、わたしあなたのフィアンセですもの。あなた、言ったじゃない、
人のフィアンセにって。」

「そこだけ覚えてるわけか。じゃあ続きを言ってやろう。オレたちは別れた。以上だ。自分の城へ帰れ。」

まりな姫は、ちょっと勇気がくじけました。シャルル王子はかなり冷たい反応です。
ナイト・カズヤが言ったことは勘違いなのかもしれません。
そう思うと、シャルル王子のベッドに近づく足が止まり、涙がこぼれてきました。


どうしても、シャルル王子のもとを去りたくないのです。

どうしても、この目の前にいる人が好きなのです。

もし、シャルル王子が他の誰かを好きなのだとしたら、まりな姫は我慢できませんでした。

ナイト・カズヤとまりな姫の愛のように、それぞれの相手の幸福も願うことができるとは思えませんでした。

自分だけのシャルル王子になって欲しいのです。
まりな姫はそのことをシャルル王子に伝えたいと思いました。

でも、涙で声も詰まってしまっています。

うつむいて泣くことしかできない自分にまりな姫はおどろきました。もっと自分は強いはずだったのに、
どうして？と。

シャルル王子の空気が動きました。

立ち上がり、まりな姫のところまで、シャルル王子の方が歩いてきてくれたのです。

「泣くな。」

シャルル王子は言いました。
ますます、まりな姫は泣くばかりです。

「君はちっともオレの言うことを聞かないな。」

シャルル王子はまりな姫をそっと胸に抱き寄せ、ベッドまで運びました。

まりな姫とシャルル王子は隣あって、ベッドに腰掛けていました。シャルル王子はまりな姫をそっと
抱き寄せました。
まりな姫はやっと口をきくことができました。

「大好きなの。」

「誰が？誰を？」

「わたしが、シャルル王子を。」

「ナイト・カズヤは？」

「わたしと、あなたの愛した人と、交換しないかって。そう伝えてって。」

「・・・・・・。」

「それでもいい？」

まりな姫はまっすぐシャルル王子の目をみて言いました。
シャルル王子に、まりな姫の気持ちが伝わりました。ナイト・カズヤの気持ちも伝わりました。
まりな姫の目には、それを伝える真剣な光が宿っていたからです。

シャルル王子は、その目を甘やかに光らせ、ふっと笑いました。

「誰かと共有する気はないね。だから交換できない、と、式が終わったら伝えてくれ。」

「式が終わったら？」

「そう、それまでは、もうここからださない。」

こうして、数日後、まりな姫とシャルル王子は結婚式をあげ、いつも、いつまでも幸福に暮らしました。